京都アニメーション放火事件へのアーティストの応答

 東京駅近くのTODA BUILDINGで開催されているTOKYO 2021美術展「un/real engine──慰霊のエンジニアリング」に、アーティスト集団「カオス*ラウンジ」による京都アニメーション放火事件への応答とも言うべき作品が展示されている。

www.tokyo2021.jp

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 藤城嘘をはじめとする計15名の「絵師」が、パネルを何枚もつなげた横長の画面に、東京と京都を結ぶ「東海道」を旅する「善財童子」をさまざまなタッチで描いた大作だ。

 会場で配られるハンドアウトには、次のように記されている。

……現実と虚構(アニメ)を橋渡しすることに尽力した京都アニメーションに対して、虚構のなかに、現実の暴力(危険物)が持ち込まれてしまった。現実の暴力によって壊されてしまった虚構を回復し、虚構と現実の関係を問い直すために、東京と京都をつなぐ「東海道」と「善財童子」を描いた。……

 善財童子は、仏教経典のひとつである『華厳経』に登場する子どものキャラクター。インドの長者の家に生まれたが、ある日仏教に目覚め、菩薩や医者、遊女、商人といった53人の「善知識」(善き友、指導者)を訪ね歩いて修行を積み、悟りを開く。

 一説によると、江戸時代に整備された「東海道五十三次」の53の宿駅は、善財童子のエピソードに登場する善知識の人数に基づいている。華厳経に感銘を受けた徳川家康が、江戸と京都を結ぶ道を善財童子仏道修行の旅になぞらえ、53の宿駅を整備したという。江戸の庶民は、東海道を西に歩いて物見遊山と寺社仏閣をめぐる巡礼の旅に出かけた。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』や歌川広重の『東海道五十三次』のように、東海道は当時の文学や美術を通じて虚構化され、人びとの想像のなかに定着していった。

 他方で、東海道は「セキュリティ」の道でもあった。幕府は江戸城防衛のために各地に関所を設け、河川の渡船を禁じ、ヒトやモノの流通を取り締まった。江戸に「危険物」が持ち込まれることを防ごうとした。

 観光と巡礼をめぐる虚構の道。その裏側にある、セキュリティの道。展示会場のすぐ目の前を通る旧東海道は、そのような二重の道としてある。だからこそ、作家らは、「現実の暴力(危険物)が持ち込まれてしまった」京都アニメーションへの放火事件を受けて、「現実の暴力によって壊されてしまった虚構を回復し、虚構と現実の関係を問い直すために」東海道とそこを走る子ども──善財童子の姿を描いた。作中に書き込まれた現実の地名は左右が反転され、それが虚構へといたる道であることを示している。

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 髪型やポーズから見て、キャラクターの直接のモデルになったのは、奈良の安倍文殊院にある快慶作の国宝・善財童子像だろう。なかには、京都アニメーションのアニメ作品に登場するキャラクターに似せて描かれたものもある。巡礼の道を旅する彼らの姿を描くことは、文字通り、現実から虚構へといたる道をかけることだ。彼らの走ってゆく後に、虚構の道が出来上がる。

 けれども、私は同時に、それが放火事件の犯人のたどった足跡でもあることを思い出さずにはいられなかった。報道では、彼は東京から東海道新幹線で京都に向かったといわれている。この符合をどう考えたらいいのだろう。犯人もまた、同じ虚構の道、巡礼の道を通って西へと向かった。作品の右端、反転した虚構の京都には、彼が降り立った新幹線の駅のホームと思われる描写がある。江戸城を守るセキュリティが、京都アニメーションとその人びとを犯人の狂気から守ることはなかった。

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 会場の別室には、黄金に光り輝く京都アニメーション第1スタジオと、その前で祈りを捧げる善財童子を描いた作品が展示されている。虚構の東海道、再構築された巡礼の道の終着点だ。しかし現実には、この道をたどってやってきたのは善財童子ではなく、悪意と狂気に駆られた人間だった。黄色いスタジオは焼け焦げて真っ黒になり、35名もの命が失われた。善財童子はその道をたどり直し、理想化された輝かしい虚構の伽藍としてスタジオを復興させる。

 現実と虚構の関係を考えるとき、アニメーターの死は、たんなる現実の死にとどまらない。かといって、彼らの死が虚構だったというわけでもない。そうではなく、現実から虚構を生み出すという一次創作的な働きが破壊されたのだ。作家らは、これに対して、再び虚構を立ち上げることを選択した。それは二次創作的に生み出されるキャラクターによる、アニメーターへの「慰霊」だ。彼らが生み出したキャラクターが別の誰かによって二次創作され、それによって失われた魂が慰撫されうるということ──それが、カオス*ラウンジの「慰霊のエンジニアリング」なのだろう。