てらまっとのアニメ批評ブログ

アニメ批評っぽい文章とその他雑文

台湾花見に寄せて:『姫様“拷問”の時間です』と消費社会のゆめうつつ


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 今週末、台湾へ行くことになった。目的は「花見」である。台湾には日本統治時代に持ち込まれた吉野桜ソメイヨシノに加え、台湾在来種の山桜や寒桜、さらにそれらを掛け合わせた品種など、さまざまな種類の桜が植えられているらしい。今日でも日台友好のシンボルとしてことあるごとに日本から桜が贈られている。亜熱帯の台湾では開花も早く、種類によっては1月下旬から咲き始め、2月中には見頃になるそうだから、3月では少し遅いかもしれない。

 なぜ花見なのか。わたしはもう10年以上前から、当時のTwitter(現X)で出会った友人たちと「週末思想研究会(週末研)」というサークル活動を続けている。このサークルの最初の活動が、東日本大震災の翌年に開催した《花見2.0~モバイル桜の名所》というイベントだった。これは「桜のない場所で花見をする」という企画で、ホームセンターで購入した桜の苗木を手押しカートに載せ、再開発前の下北沢駅前や渋谷センター街秋葉原公園など都内各所を移動しながら「花見」を行った。背景には福島第一原発の事故にともなう避難指示や、当時の東京都知事石原慎太郎による「自粛」要請などがある。映画作家の佐々木友輔氏と作曲家の田中文久氏のご厚意で、冒頭の素晴らしいMVまで作ってもらった。2日間にわたる花見の様子は以下のTogetterにまとめられているので、関心のある方は読んでみてほしい。

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 以来、週末研では毎年趣向を凝らした花見を開催している。《福島花見》《韓国花見》《東京ダークピンク・ツーリズム》《首都圏花見収束作業》《夕張花見》《皇居花見(ない)》《沖縄花見》《オキュパイ花見》《防護服花見》……。一昨年は《花見2.0》10周年を記念し、やはりカートに桜を積んで東京駅を出発すると厳戒態勢のロシア大使館前を通過、その足でウクライナ大使館まで赴いて献花するという《花見2.022~モバイル桜の名所》を実施した。また昨年は《それでも桜を見る会》と称し、京都アニメーション放火殺傷事件や安倍元首相銃撃事件の犯人の足取りをたどりながら、第一スタジオ跡地に設置された花壇にジョウロで水をやり、敷地内に植えられた桜をゲート越しに眺め、銃撃現場では手向けられた花束が撤去されるのを目撃した。そして今年は、台湾へ行く。

 なぜ台湾なのか。週末研ではいつも思いつきが先行し、あとから理由や動機を考える。今回も例外ではないのだが、10年前と比べて仕事や家事、育児でみな忙しくなり、コンセプトを練るための時間がほとんど取れなくなってしまった*1。そこで以下では《台湾花見》について、現時点でわたしが考えていることをざっと記しておきたい。


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 2024年1月から『姫様“拷問”の時間です』というテレビアニメが放送されている。原作は集英社の「少年ジャンプ+」で配信されている同名漫画で、制作は2022年に『Do It Yourself!!』で話題をさらったPINE JAM。人類に敵対する魔王軍にとらわれた勇猛果敢な姫様が、魔族の「拷問」に耐えかねて王国の秘密を話してしまうというストーリーだ。

 ただしここでいう「拷問」とは、たとえば中世ヨーロッパで行われていたような血なまぐさいものではない。そうではなく、焼き立てのトーストとか、こってりしたラーメンとか、コアラのマーチとか、ふわふわの小動物とか、露天風呂とか、大乱闘スマッシュブラザーズとか、要するに現代の日本社会にあふれる多種多様な「気晴らし(divertissment)」である。幼少期から娯楽を制限されてきた姫様は誘惑に抗えず、お菓子やゲームと引き換えに、自国の安全保障に関する情報をしゃべりまくってしまう。独居房という舞台設定は、プラトンの「洞窟の比喩」を意識しているのかもしれない。

 一見してわかるとおり、魔王軍とはわたしたちの生きる爛熟した消費社会そのものだ。そしてこの作品が描いているのは、資本主義の気晴らしがもたらす束の間の快楽によって、国家や民族への忠誠心を「脇にそらす(se divertir)」ことができる、偏狭なイデオロギーナショナリズムを解除することができるという信仰だろう。さらにいえば、気晴らしには当然ながら漫画やアニメも含まれるわけで、まさに『姫様“拷問”の時間です』という作品それ自体が、娯楽としての消費財を通じて消費社会を肯定する、すぐれて自己言及的な構造を持っていることがわかる。政治のことなんて考えなくていい、なぜなら漫画を読みアニメを見ることが、じつはひとつの政治なのだから……。

 この信仰はどこからやってきたのだろうか。言うまでもなく先の敗戦から、つまりはわたしたちが自由民主主義に「転向」してからである。熱々のたこ焼きにつられて機密情報を暴露する姫様は、冬の低志会でnoirse氏が指摘していたように、進駐軍に「ギブミーチョコレート」と叫んでチョコを恵んでもらった子供たちの末裔だ。彼女を「拷問」する人間味あふれる魔族たちはさしずめ、戦時中の「鬼畜米英」の遠い親戚といったところだろう。

姫様“拷問”の時間です』3話感想・・・姫様、ブサイクおっさんは無理だったwww おっぱい揉みシーンなぜ改変したのか・・ | やらおん!

 太平洋戦争に敗れた日本は連合国の統治下に入り、主権を回復してからは米国の同盟国として経済発展を謳歌する。一足先に高度消費社会へと突入した日本に続き、かつて日本の植民地だった韓国や台湾も、民主化と経済成長を経て成熟した消費文化をかたちづくっていく。韓国、台湾の一人当たり名目GDP国内総生産は日本に迫り、2030年代初頭には逆転するとみられている。米兵の一粒のチョコレートから始まった「拷問」は、いまや東アジアのいたるところで、わたしたち自身が拷問官となって日夜みずからに行使されている。

 そう考えると『姫様“拷問”の時間です』という作品が、たんに日本のみならず、米国の影響下にある東アジア全体の国際秩序と結びついているようにも思えてくる。実際に韓国では、1987年に発生した大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫を尋問するにあたり、豪華なちらし寿司が振る舞われたという*2。ソウル最大の繁華街・明洞(ミョンドン)に連れ出された彼女は、資本主義の大聖堂とも言うべき百貨店に案内され「一般人が金正日のような生活をしている」ことに衝撃を受ける。1960~90年代に「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長と民主化を成し遂げた韓国は、深刻な経済不振にあえいでいた北朝鮮工作員から見ると、まさに「夢の国」だった。消費社会の豊かさをまざまざと見せつけられ、彼女はほどなく自供する。

姫様“拷問”の時間です|ジャンプ+メディア情報局

 同じことは台湾にも言えるだろうか。海峡を挟んで南北朝鮮のような経済格差があるわけではないし、両岸の経済的な結びつきもはるかに強い。それでも政治的な自由に関しては隔絶した差があり、2022年発表の「世界の自由度」ランキングでは日本が96ポイントで11位(アジアでは1位)、台湾が94ポイントで18位(同2位)につけているのに対し、共産党独裁の中国はわずか9ポイントの182位*3。米国のNGOによる調査だから当然といえば当然だが、ロシアよりも低く、シリアや北朝鮮よりはいくらかマシというレベルだ。

 中国の習近平国家主席は2019年1月、台湾に対し「一国二制度」による平和的な統一を呼びかけている*4。ところがその3カ月後、まさに一国二制度の香港で中国当局の取り締まり強化に反対する抗議活動が起こり、6月には100万人を動員する大規模なデモへと発展する。「光復香港、時代革命」を掲げる若者たちに台湾市民の多くが共感を示すとともに、力づくでデモを抑え込もうとする中国当局への反発を強め、香港への連帯をアピールする集会が台湾各地で開かれた。前年11月の統一地方選挙で大敗を喫していた民進党蔡英文政権は、一国二制度を拒絶し自由民主主義の防衛を訴えて一挙に支持率を回復。「今日の香港、明日の台湾」を合言葉に、翌2020年1月の総統選挙で再選を果たす。

 「少年ジャンプ+」で『姫様“拷問”の時間です』の連載がスタートしたのは、発端となった香港での抗議活動の発生から2日後のことだった。作中では人類も魔王軍も見たところ王政で、政治体制の違いが焦点化されているわけではない。牢につながれながら消費社会の果実を貪る姫様は、代わりにみずからの政治的な自由を差し出しているようにも見える。香港の若者たちとは違って、経済的な繁栄が維持されるなら、人類でも魔族でも、一国二制度でも、別になんだって構わないのかもしれない。マリネッティをもじって言えば「気晴らしは行われよ、たとえ祖国が滅びようとも」といったところだが、こうした奇妙なラディカルさが、この作品にたんなる平和ボケにとどまらない、ある種のブラック・ユーモアを漂わせている。

 2024年1月に行われた台湾総統選では、蔡英文の後継者である与党・民進党の頼清徳副総統が次期総統に選出されている。独立志向の民進党が3期続けて政権を担うのは初めてのことだが、同日投開票の立法院(国会)選挙では過半数議席を確保できなかった。世論調査では独立でも統一でもない「現状維持」が多数を占めており、総統府と立法院の「ねじれ」は台湾の民意を反映したものと解釈されている。完全な独立も完全な統一も志向しない曖昧な状態(モラトリアム)を維持すること、破局を絶えず「脇にそらす」こと……。

 ちょうど同じころ、テレビ放送が始まったアニメ『姫様“拷問”の時間です』のオープニングには、満開の桜の下で花見をする姫様と魔族たちの姿が映し出されていた。「現状維持」に託される消費社会の夢とはこのようなものだろうかと、今年も荷造りをしながら考えている。

 

 

*1:わたし自身も労働に追われてリサーチやブレストどころではなく、同行する週末研創設メンバーのワクテカ氏に旅程作成をほぼ丸投げしてしまい、大変申し訳なく思っている。

*2:竹内明「大量殺人を実行した北朝鮮『女性工作員』はなぜ自白をしたのか」、現代ビジネス、2017年11月19日。

*3:世界の自由度 国別ランキング・推移」、Global Note、2023年3月14日。

*4:ただし、外国勢力の干渉と台湾独立勢力の活動に対しては「武力行使の放棄を約束しない」とも明確に述べている。

もうひとつの『おにまい』(2):オオサンショウウオと成熟の問題(冒頭)

 明治生まれの作家・井伏鱒二の代表作のひとつに「山椒魚(1929)という短篇がある。国語の教科書にも載っているそうだから、読んだことのある人も多いかもしれない。1匹のオオサンショウウオがある日、巣穴から出ようとしたら出入口に頭がつっかえて、外に出られなくなってしまうという物語だ。

 2023年1〜3月に放送されたテレビアニメ『お兄ちゃんはおしまい!』(以下『おにまい』)には、この100年近く前の小説を彷彿とさせるような設定がある。オオサンショウウオが外に出られなくなったのは、まる2年も巣穴に閉じこもっているあいだに身体が成長し、自分の頭が出入口よりも大きくなってしまったからだった。他方で『おにまい』の主人公・緒山まひろも、自室に引きこもってゲームばかりしている「ダメニート」だったが、妹のみはりにTS(性転換)させられたことで、やはり2年ぶりに外出することになる。「山椒魚」とよく似た設定ながら、こちらはなんとか脱出に成功するわけだ。

 両作品の符号はそれだけではない。『おにまい』のオープニング映像には、まひろとみはりがオレンジ色をした細長い生き物と出会うシーンがある。2人はこの不思議な生物にまたがって颯爽と飛んでくるのだが、原作者のねことうふによると、どうやらその正体はオオサンショウウオらしいのだ。

 日本列島南西部の河川上流域に生息する「オオサンショウウオAndrias japonicus」は、成長すると全長100センチメートルを超える大型の両生類である。日本固有種で絶滅が危惧されており、国の特別天然記念物にも指定されている。広島出身の井伏は中学時代、学校の池で飼われていたオオサンショウウオに惹かれ、こっそりカエルなどを食べさせていたという。「山椒魚」にはこのときの観察が生かされている。

 ねことうふもまた、デフォルメされたオオサンショウウオのキャラクターを著者近影やSNSのアイコンに用いており、みはりのお気に入りのぬいぐるみとして原作漫画にも登場させている。作中では定番のファンシーキャラクターとして親しまれているようだが、原作での扱いはそれほど大きくはないし、オオサンショウウオと明記されているわけでもない。それがアニメでは一転、オープニングで大々的に取り上げられ、さらにはグッズ化されてクレーンゲームの景品にもなるなど、『おにまい』を象徴するマスコットキャラクターとして位置づけられていく。

 ところが、よく見るとアニメのオープニングに登場するオオサンショウウオは、原作漫画に出てくるものとは微妙にデザインが異なっている。そもそも体色が違うだけではなく、アニメのほうには漫画版にはない「外鰓(エラ)」らしきものまで付いているのだ。ねことうふをはじめ関係者は何も語っていないが、これはどう見てもオオサンショウウオではなく「ウーパールーパー」、つまりは白変種アルビノの「メキシコサンショウウオAmbystoma mexicanum」だろう。本編ではのちに原作と同じタイプのぬいぐるみが出てくることからも、オープニングのサンショウウオは別種である可能性が高い。

 『おにまい』のアニメ化にあたって、なぜわざわざオオサンショウウオに焦点が当てられ、しかもメキシコサンショウウオを思わせるデザインが採用されたのだろうか。おそらくそこには「成熟」をめぐる問題系が深く関わっている。

 

……

 

 上記は、低志会の会報第2号『ぬいぐるみの代わりに低志会の本を抱いて媚びを売る、つまりそれが祈り vol. 2(仮)』(2023)所収の「お兄ちゃんはおしまい!」論の冒頭部です。当ブログ記事「もうひとつの『おにまい』」の続編にあたるもので、本論が収録された会報は2023年11月11日(土)開催の文学フリマ東京37、低志会&週末批評ブースで頒布されます。

 なお、既刊の会報第1号には「もうひとつの『おにまい』解題」が収録されています。関心のある方はこちらもぜひ。

 

追記:BOOTHで通販を開始しました。

worldend-critic.booth.pm

 

文学フリマ東京37
日時:2023年11月11日(土)12:00〜17:00
場所:東京流通センター 第二展示場 2階Fホール
ブース:低志会&週末批評(そ−51〜52)

c.bunfree.net

teramat.hatenablog.com

会報の内容紹介はこちら

https://x.com/teramat/status/1718593740561166378?s=20

 

ほかに、いくつかの評論系同人誌に寄稿しました。いずれも8,000〜10,000字程度です。関心のある方はあわせてどうぞ。

 

ビンダー vol. 8 特集:宮崎駿』(た−14)

ジブリの知らない街、あるいはニュータウンの精霊たち」

宮﨑監督に「君たちはどう生きるか」と言われたので「わたしはこう生きてきたぞ」みたいな超個人的エッセイ。どうしてこうなったのかわかります。誰も興味ないかもしれませんが……。

https://x.com/cucuruss_label/status/1720742057013362811?s=20

 

映画大好きポンポさんトリビュート』(た−17)

「映画の死体をアニメートする──『ポンポさん』とシネクロフィリア

初期映画研究とマノヴィッチを参照しながら、映画がアニメのサブジャンルになってしまった皮肉な現状を描いた作品として『ポンポさん』を読む、みたいな論考です。以前に当ブログに書いたものを増補改稿しました。

https://x.com/pessimstkohan/status/1713854401360838811?s=20

 

ブラインド Vol. 1 特集:リコリス・リコイル&まちカドまぞく』(そ−58)

「インディーアニメ批評座談会」

2010年代のアニメ批評同人界隈を振り返りつつ、当時の盛り上がりの背景やゼロ年代批評との距離感、今後の展望や課題などを語り合う座談会のすみっコに参加しました。

「10年目の追伸──ポスト日常系からみる『リコリス・リコイル』」

10年近く前に書いた「ポスト日常系」についての議論をたどりながら、『リコリス・リコイル』をその直系に位置づける感じのエッセイです。

https://x.com/blin_d_s/status/1717843761794015263?s=20

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 以上です。文学フリマ当日は低志会&週末批評ブースにいる予定です。参加される方はよろしくお願いします。

もうひとつの「おにまい」:『お兄ちゃんはおしまい!』について(1)

 ひとりのお兄ちゃんの話から始めたい。

 2019年6月1日、東京都練馬区で一件の殺人事件が起こる。農林水産省の元事務次官・熊澤英昭(当時76)が、長男の英一郎(44)を自宅で殺害したのだ。英昭は息子の首と胸を包丁で何度も刺し、やがて動かなくなったことを確認すると、みずから警察に通報した。父親は「引きこもりがち」の息子から家庭内暴力を受けており、逮捕当時、彼の身体には殴られたとみられるアザがいくつもあったという。

 英昭は警察の取り調べに対し、息子の殺害にいたった直接的な動機として、その直前に起こった別の殺傷事件を引き合いに出している。孫引きのかたちになるが、磯部涼によるルポルタージュ『令和元年のテロリズム』(2021)から引用しよう。

〔…〕犯行当日は熊澤邸に隣接する練馬区立早宮小学校で朝から運動会が行われていた。英一郎はその音に対して、「うるせえな、ぶっ殺すぞ」などと発言したという。英昭は「怒りの矛先が子供たちに向かってはいけない」と考え、台所の包丁を使って英一郎を殺害。その際、意識したのが、4日前に起こった川崎殺傷事件だった。「息子も他人に危害を加えるかもしれない。周囲に迷惑をかけたくなかった」。*1

 英昭が息子を手にかける4日前、練馬から25キロほど離れた川崎市多摩区では、児童ら20人が死傷する通り魔事件が発生していた。両手に包丁を持った男が、停留所でスクールバスを待つ小学生とその保護者の列に背後から近づき、次々と刺したのだ。通り魔はそのまま現場から走り去ると、数十メートル先の路上でみずからの首に包丁を突き刺し、自死した。動機にはいまなお不明な点が多いが、他者を合意なく巻き添えにして自殺するという意味では、典型的な「拡大自殺」といえる。

 川崎の凄惨な事件は連日報道され、英一郎の激しい暴力にさらされていた英昭も、テレビや新聞を通じて目にすることになった。老いた父親は、やがて息子が同様の通り魔になることを恐れるあまり、みずからの手で殺害することを決意したのだろうか*2

 磯部のルポによると、川崎通り魔事件の犯人・岩崎隆一(51)は幼少期に両親が離婚し、事件を起こすまでのおよそ20年間、伯父夫婦の家に引きこもっていたという。一方、実父に刺殺された熊澤英一郎は、典型的な引きこもりというわけではないものの、実質的にはそれに近い状態にあったようだ。『令和元年のテロリズム』を参考に、彼の半生を駆け足でたどってみよう。

 エリート一家の長男として生まれた英一郎は、難関で知られる中高一貫進学校駒場東邦中学校に入学する。ところが「空気が読めない」ために学校でいじめに遭い、家庭では母親に暴力を振るうようになっていく。このころ統合失調症(のちにアスペルガー症候群)と診断され、服薬を続けながら日本大学に進学するが、授業になじめず中退。代々木アニメーション学院に入り直し、アニメ制作会社への就職を試みるも不採用に終わる。流通経済大学への編入を経て、同大学院の修士課程を修了。それでもアニメ関連の仕事には就けず、いくつかの職とアパートを転々としたのち、母親が所有する豊島区目白の一軒家で自宅警備ならぬ「不動産管理」を始める。ひとり暮らしではあったが定職には就かず、生活費はすべて両親が送金し、父親が定期的に部屋の掃除に訪れていたらしい。オンラインゲーム『ドラゴンクエストⅩ』(2012)に没頭する日々を2年あまり送るが、しだいに精神状態が悪化。自宅はゴミ屋敷と化し、SNSの投稿にはヘイトスピーチや罵詈雑言が目立ち始める。やがてオンラインでのトラブルをきっかけにパニック状態となり、医療保護入院の末、ついに両親のいる実家へと戻った。事件のおよそ一週間前のことだ。

 就職をあきらめ、部屋で一日中ゲームをしていた英一郎は、事実上の引きこもり状態にあったといっていい*3。オンラインでの交流や発信は活発だったものの、トラブルを引き起こすことも多かったようだ。SNSの投稿履歴からは、強烈な劣等感と被害者意識に苛まれていたことがうかがえる。また、発達障害の影響によりゴミを捨てられないなど、生活能力にも大きな問題を抱えていた。精神を病んだ英一郎が実家に帰ってきたとき、裏返った肌着の襟元は汚れ、髭や爪は伸び放題で、母親に「浮浪者」*4扱いされるほどだったという。いわゆる「セルフネグレクト(自己放任)」の傾向があったのだろう。

 事件当時、磯部は周辺住民からの聞き取りをもとに、英一郎には9歳離れた妹がいると記していた。それからおよそ6カ月後、東京地方裁判所の証言台に立った母親の口から、熊澤家の妹の消息が明かされる。「私は息子がああなんで、娘が可愛くて仕方がなかったんです。でも変な兄がいるということで、縁談が駄目になり自殺してしまった。あまりにも悲しくて自分もヘリウムガスを使って死のうとしたんだけど、難しくて出来なくて」*5。母親の口ぶりには、娘の自死の原因が、ひいては家庭崩壊の責任が、息子の英一郎にあったとの思いが滲んでいる。

 一方、被告人・英昭は弁護側の質問に対し、涙ながらに反省と後悔の言葉を口にした。だが、息子の家庭内暴力に耐えかね、命の危険を感じていた父親にとって、殺害はほとんど不可避だったとも語っている。「どのようにすれば事件は避けられたのでしょうか?」と弁護士に問われた英昭は、こう答えたという──「息子にもう少し才能があれば良かった。そうすればアニメの道に進めたのに」*6

 奇しくも事件の翌月には、遠く離れた京都市伏見区のアニメ制作会社で、戦後史上最悪の放火殺傷事件が起こっている。京都アニメーションの第1スタジオに男が侵入し、ガソリンを撒いて放火。160名あまりのスタッフのうち36人が死亡、犯人を含む34人が重軽傷を負う大惨事となった。凶行におよんだ青葉真司(当時41)の家族もまた、祖父と父、それに妹が自死していたと報じられている。

 

 東京都練馬区の住宅で、引きこもりがちの長男が父親に刺されて死んだ。その翌年、やはり練馬区を舞台とするテレビアニメの企画がスタートする*7。ひとりのお兄ちゃんがおしまいになったこの場所で、もうひとりのお兄ちゃんが、そしてもうひとりの妹が、おしまいの物語をやり直そうとするかのように。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。もうひとつのおしまいのかたちが、きっとありえたはずだと信じて。〈続く〉

 

 

 

追記(2024/2/26)

2023年5月開催の「文学フリマ東京36」で頒布した低志会の会報第1号に本記事の解題を、11月の同37で頒布した第2号に続編を寄稿しています。関心のある方はぜひ。

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*1:磯部涼『令和元年のテロリズム』、新潮社、2021年、57頁。

*2:『令和元年のテロリズム』で指摘されているように、逮捕当時の英昭の主張はのちの裁判での証言と食い違っている箇所があり、検察から発言の矛盾や曖昧さを追及されている。詳しくは同書の第4章「元農林水産省事務次官長男殺害事件裁判」を参照してほしい。

*3:磯部自身は前掲書のなかで、厚生労働省による引きこもりの定義を参照しつつ、英一郎がそこから外れていることを指摘している(71頁)。だが、裁判での父母の証言を見るかぎり、彼が引きこもりにきわめて近い状態にあったのは間違いないように思われる。

*4:同書、152頁。

*5:同書、152−153頁。

*6:同書、167頁。

*7:アニメプロデュース会社「EGG FIRM」の公式アカウントによると、2023年1月に放送を開始した『お兄ちゃんはおしまい!』は、企画から放送まで約3年かかったとされる。以下のツイートを参照。

EGG FIRM on Twitter: "★ねことうふ先生(@nekotou) 描き下ろしイラスト公開☆ 企画から約3年、無事完走出来ました! 制作中ずっとコロナで大変でしたが、 藤井監督以下スタッフの皆さんが 本当に頑張ってくれました🙇 ファンの皆さんも完走ありがとうございます! 皆さんの応援がスタッフの支えでした😭 #おにまい https://t.co/g9gpRYL0YO" / Twitter

秒速原理主義者による『すずめの戸締まり』感想ペーパー(冒頭)

11月20日(日)に開催される文学フリマ東京35で「秒速原理主義者による『すずめの戸締まり』感想ペーパー」を頒布します。ブースは「U11~12 低志会&週末批評」です。どこまで書けるかわかりませんが、以下、冒頭部分を公開します。

 

 

 新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』(2022)はまぎれもない大傑作である。けれども、わたしにとってこの作品が傑作である理由は、ほかの多くの観客とは微妙に異なっているかもしれない。というのもわたしはつねづね、新海監督の最高傑作として『君の名は。』(2016)でも『天気の子』(2019)でもなく、15年前の『秒速5センチメートル』(2007)を挙げてきたからだ。いわゆる「新海誠が好きだった元カレ」*1のなかでも、おそらくはいちばんやっかいなタイプである。

 来るべき震災を物語の中核にすえる『すずめの戸締まり』もまた、しみったれた男性の心情をモノローグでつづる旧作ではなく、彗星の衝突や気候変動といった大規模災害を取り上げる近年の大作の系譜に属しているように見える。『秒速5センチメートル』の熱烈な信奉者なら、本来は強く批判する──とまではいかないにせよ、難癖のひとつもつけてしかるべきなのかもしれない。にもかかわらず、わたしが今作をほとんど手放しで絶賛するのは、たんに映像や脚本が優れているとか、すずめちゃんがかわいいとかいった理由ではない。そうではなく、この作品が『秒速5センチメートル』とは決定的に異なっており、まさにそれゆえに旧作への病的な執着を昇華してくれる作品だったからだ。

 『すずめの戸締まり』は、新海監督が『秒速5センチメートル』を真の意味で乗り越えた記念碑的な作品として、彼のフィルモグラフィーに刻まれるだろう。その題材として震災に絡めて皇室の問題が取り上げられたのは、疎外された現代の若い男女を描き続けてきた監督がついに、大文字の歴史的時空へと突き抜けたことをはっきりと示している。『秒速5センチメートル』の4年後に公開された『星を追う子ども』(2011)では遠く及ばなかった場所にいま、およそ10年の歳月を経て彼は立っているのだ。

 この15年間、わたしはそんな日が訪れるとは夢にも思わずに生きてきた。本稿はひとりの秒速原理主義者が『すずめの戸締まり』を絶賛する、ただそれだけの文章である。

 

1.  秒速原理主義者の誕生

 実をいえば、わたしは新海監督の新作にほとんど期待していなかった。事前に公開されていた情報を見るかぎり、お世辞にも成功したとは言いがたい『星を追う子ども』の焼き直しという印象を受けたし、大ヒットを記録した『君の名は。』もそれに続く『天気の子』も、とうに中年にさしかかっていたわたしには「よくできたフィクション」以上の感想を抱けなかったからだ。いや、それどころか『君の名は。』のラストでめでたく再会する2人を見て愕然とし、これは絶対に受け入れられない、受け入れるべきではないと心を固く強く冷たくするありさまだった。わたしの魂に深い爪痕を残した『秒速5センチメートル』の美しくもトラウマティックな結末が、あたかも「バッド・エンド」扱いされているかのように思えたからである。

 そもそも新海監督は最初期の『ほしのこえ』(2002)からずっと、運命の相手とすれ違い続ける2人の生をそれでも肯定し、ささやかながら祝福してきたのではなかったのか。かつてはあれほど「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」を否定していたのに、これではただのよくできた若者向けラブストーリーではないか。なるほど、監督は『秒速5センチメートル』のヒロイン・明里がそうであったように、プロデューサーの川村元気をはじめとする新たなパートナーを得て「あの頃の皆さん」*2を思い出にし、幸福な新婚生活をスタートしたというわけだ。『君の名は。』という特急列車が通り過ぎた踏切の先に、もはやわたしの知る監督の姿はなかった。

 「貴樹くんはきっと、この先も大丈夫だと思う」──これがわたしへの、そして『秒速5センチメートル』に魂をとらわれた「元カレ」たちへの新海監督のメッセージであることは疑いえない。よかろう、ならば「ジェネリック貴樹」を自任するこのわたしが、『君の名は。』以前の監督の初期衝動を受け継いでみせる。『秒速5センチメートル』の結末がたんなるバッド・エンドなんかではなく、文字どおりの意味で「トゥルー・エンド」であったことを、わたしはわたしの生そのものによって証明してみせる。

 うなりを上げて空転する使命感はかくして、ひとりの修羅を生んだ。「秒速原理主義者〈ラディカル5センチメーター〉」という修羅である。

[つづく]

 

 

低志会&週末批評ブースでは「低志会Tシャツ(M・L・XL)」「週末批評トートバッグ」のほか、安原まひろ個人誌『なんかいのんでも…』を頒布予定です。さらに、多摩川の河川敷で拾った「いい感じの石」の展示もあります。ぜひ遊びに来てくださいね。

いい感じの石

 

杖としての批評(1)最近作ったサイトの名前の話

 今年5月に「週末批評」というサイトを立ち上げた。その名のとおり、週末の休みにひとつかふたつ、アニメや映画、漫画などの批評を掲載するサイトだ。「週末批評」という名前は、東浩紀クラスタとしてもう10年ほどの付き合いのあるコロンブスさんこと、倉津拓也氏に付けてもらった。ありがたいことに、倉津氏にはサイトが出来たてほやほやの段階で『闇の自己啓発』についての書評も寄稿してもらっている。

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 週末批評を立ち上げてからというもの、ほぼ毎週末の更新作業で私自身の余暇がつぶれ、こちらのブログを更新する余裕がなくなってしまった。「アニメ批評ブログ」と銘打ってはいるものの、わかりやすく批評っぽい文章は今後、サイトのほうに集約するつもりだから、存在意義がいわば宙に浮いた状態にある。どうしようかしらんと悩んだすえ、ごく短い、あまり批評っぽくない文章をときどき載せることにした。最近一部で流行しているように見える日記とかエッセイみたいなものだ。もはや看板に偽りしかない。

 「批評っぽくない」といっても、私自身の関心や文体が批評に向いている以上、中身としては中途半端に「批評っぽい」ものになってしまう可能性が高い。じつをいえば、批評それ自体に対する批評的なアプローチとしての、批評っぽくない文章を書いてみたいという気持ちは以前からあった。ただ私の作文能力だとさすがに難しそうだから、二の足を踏んでいたのだけれど、はたと気づいてしまったのだ。週末批評について思うところを書くだけでなかば自動的に、批評っぽくて批評っぽくない、少し批評っぽいエッセイになるのではないか? ということに(結論からいうと、ならなかった)。

 ともあれ、このところ形式と内容のズレというか、文体と機能の乖離みたいなものが気にかかっている。つまりは「批評が批評的に機能しない(批評ではないものが批評的に機能する)」という逆説のことだ。しょせんは批評愛好家(ワナビー)である私個人の思い込みにすぎないかもしれないが、とはいえ、これがブログとは別に週末批評を立ち上げた動機のひとつでもあったりする。この思い込みについてはいずれ書こうと思う。個人的なことをストレートに書けるのが、批評っぽくない文章のいちばん良いところだ。

 

 初回はサイトの名前を皮切りに、ちょっとした思い込みや思いつきを書き連ねてみる。刻一刻と積み上がっていくタスクを前にすると「そんなことやってる場合じゃない」感がいやおうなく高まるのだが、だいたいそういうときのほうが書きたくなるので不思議だ。多くの男性にとっての自慰と同様、ときどき自己表現として文章を出力しないとストレスが溜まってしまうたちなので、どうしようもない。ちなみに「杖としての批評」というのは、とりあえず付けた暫定的なタイトルである。いつかのツイキャスで大雑把なアイデアを話した記憶があるので、もしかしたら何のことかわかる人もいるかもしれないが、これについて書くのはたぶんもう少し先のことになる。

 

 倉津氏が提案してくれた「週末批評」には、どこか「日曜大工」を思わせる響きがある。週末の休みにホームセンターでネジや木材を買ってきて、ちょっとした棚などを自作したことのある人も多いと思う。いまでは「DIY」と横文字で呼ぶほうが一般的だけれど、この少し野暮ったい四字熟語にも独特の味わいがあって、私は好きだ。子どもの頃に「日曜日」という言葉から感じられた、あの晴れやかな気持ちがよみがえってくるといったら大げさだろうか。批評もまた、日曜大工のように週末のささやかな楽しみを提供してくれるはずだし、そうあってほしいという願いを込めて「週末批評」と名づけた──という心温まる話をいま思いついた。いや、倉津氏がそう考えていた可能性は否定できない。ここでは社会の多数派に合わせて週末=土日としているけれど、土日休みではない人にとってはもちろん、休みの日がその人にとっての週末である。

 サイトのトップページには、私の好きなカール・マルクスの言葉を掲げている。「私たちは狩人、漁師、牧人、あるいは批評家になることなく、朝には狩りをし、昼には釣りをし、夕方には家畜を追い、そして食後には批評をすることができる」──『ドイツ・イデオロギー』の有名な一節(の一部)だ。じつをいうと、もともとはこの「そして食後には批評を nach dem Essen zu kritisieren」というフレーズをそのまま、あるいは短縮してサイトの名前にするつもりだった。サイトの更新タイミングもだいたい週末の20~21時、つまりは「食後」である。

 「週末批評」という名前が気に入ったのは、このマルクスの言葉と響き合うニュアンスが感じられたからだ。一週間の終わりとしての週末、あるいは一日の終わりとしての食後。「狩人、漁師、牧人、あるいは批評家になることなく」という但し書きは(マルクスに詳しい人には怒られそうだが)まさに「日曜大工」の精神そのものにも思える。怒られついでにいうと、私は『ドイツ・イデオロギー』から先の一節を引くにあたって、きわめて重要な前提条件を勝手に省略している。私たちが「狩人、漁師、牧人、あるいは批評家になることなく、朝には狩りをし、昼には釣りをし、夕方には家畜を追い、そして食後には批評をすることができる」ようになるためには、マルクスによれば、共産主義社会が到来しなければならない。

 いまのところ、日本では共産主義社会は実現していない。幸か不幸か、当面は実現する見込みもなさそうだ。マーク・フィッシャーが流行らせた「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい」という言葉のとおり、2000年前後のフィクションでさんざん描かれた「世界(セカイ)の終わり」に比べたら、たしかに「資本主義の終わり」を想像するのは難しい。元ネタとされるフレドリック・ジェイムソンによると、それは私たちの想像力の貧困ゆえらしいのだが。

 私が『ドイツ・イデオロギー』の記述から「共産主義社会が到来したら」という前提を外したのは、ひとつにはそういう理由からだ。マルクス主義はあいかわらず、現状の社会に対するもっとも鋭い批評=批判の源泉であり続けている。けれど、もはや一部の運動家を除けば、この国でドラスティックな革命が起こりうるなんて誰も信じていない。百歩譲っていつか起こるとしても、私にとっては千年王国のキリスト再臨とか56億7000万年後の弥勒菩薩の救済とか、ほとんどそういう信仰のたぐいに見えてしまう。資本主義の終わりが想像できない以上、世界の終わり──懐かしい言い方をすると「デカい一発」──を夢見ながら、死ぬまで賃労働に耐えるしかないのだろうか。そのためのお助けアイテムは、なるほど、いくつも用意されている。ストロングゼロとかソシャゲとかアニメとかだ。

 私がマルクスのあの一節を気に入っているのは、さっき述べたとおり、なんとなく「日曜大工」っぽいからである。ここで語られているのは分業の話なのだが、それはそれとして、妙に具体的な手触りのようなものが感じられるのだ。そしてこの感触は、私たち──と、あえて一人称複数形で書くけれど──が一日や一週間の賃労働の終わりに感じる、あの解放感や高揚感と結びついているような気がする。たとえ「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい」としても、当然ながら、世界の終わりだけが唯一想像可能な終わりではない。いまとは別の生を新たに始めるためには、世界の終わり=終末よりも、むしろ一週間の終わり=週末のほうがふさわしいかもしれない。資本主義が終わるのはたぶん、大恐慌や暴力革命が起こるときではなく、カレンダーの大半の日付が青と赤に塗り替えられるときなのだろう。

 これはもちろん、ただのレトリックである。私はこういうふわんとした書き方が好きで、批評っぽい文章を書くときも、だいたい最後はレトリカルな一文で締めたくなる。この癖は「鳩を飛ばす」と揶揄されていて、妻には「おっ、今回もたくさん鳩飛ばしてるね~」などとからかわ……褒められることもある。書くことはしばしば投瓶通信や手紙の誤配に喩えられるが、私にとっては何よりもまず「鳩を飛ばす」ことであるらしい。できるかぎり多くの鳩を、できるかぎり高く、できるかぎり遠くまで飛ばす──そのために書いているといってもいいかもしれない。問題があるとしたら、伝書鳩ですらないことだろうか。

 とはいうものの、カレンダーの比喩は文字どおりに理解することもできる。急に身も蓋もない話になるが、宇野常寛氏は最近の著書で、土日に加えて水曜日を休みにすることを主張している。これは同氏のこれまでの主張のなかで、個人的にいちばん共感できるものだ。すでに週休3日制を試験的に導入している国や企業もいくつかあるらしい。新型コロナウイルスパンデミックによって在宅勤務が一気に普及したように、平均的な労働日もじわじわ削減していくことができれば、共産主義社会が到来しようとしまいと「狩人、漁師、牧人、あるいは批評家になることなく、朝には狩りをし、昼には釣りをし、夕方には家畜を追い、そして食後には批評をすることができる」ようになるかもしれない。

 おそらく現実的には、ベーシック・インカムなどと同様、いろいろな困難にぶつかってなかなかうまくはいかないだろう。ライバルの国や企業に後れをとるとか、給料が減るとかいった危惧はすでに出ているし、仮に段階的に導入されたとしても、今度は労働日格差のようなものが生まれて、社会的分断を深める可能性さえある。その一方で加速主義などのラディカルな立場と比べると、いかにも素朴で散文的、言ってみれば「ぬるい」主張に思えてしまう。しかし、それでも私が「週末の休みを増やそう」という素朴すぎる提案に共感してしまうのは、誰もが一度はあの土曜の夜の解放感を、あるいは日曜の朝の高揚感を味わったことがあるはずだからだ。それらは書物と革命家の頭のなかにしかない共産主義社会とは違って、私たちの身体に深く根ざした束の間のユートピアの記憶なのである。

 週末への期待が世界を変える。それはいつか古い世界を終わらせる。週末批評のURLがworldend-critic.comなのは、そんな大げさな願いが込められているからでもある(鳩が「飛ぶの?」みたいな顔でこっちを見ている)。

 書いてみると結局、いつもとほとんど同じノリの文章になってしまった。初回なんてどうせこんなものである。中途半端に論文を書く訓練しか受けていないのに、いきなり軽妙なエッセイが書けたら誰も苦労しない。それから、週末批評にはじつはもうひとつ「週末思想研究会」という文脈があるのだけれど、これについてはたぶん長くなるので別の機会に譲りたい。次回はまた気が向いたときに、サイトを立ち上げた動機とかについて書こうと思う。

喪失と希望の対位法:『ほしのこえ』とエグザイルの詩学

本稿は2012年に頒布された批評同人誌『セカンドアフター vol.2』に寄稿したものです。

 

「どれほどの/遠さも苦にせず/呪縛され/汝は飛び来る」──ゲーテ

「私たち、どこだって行けるよ!」──平沢唯

0. 〈いま・ここ〉にある未来

 あれからずいぶん月日が流れた。被災地の瓦礫の受け入れはなかなか進まないし、メルトダウンした福島第一原子力発電所がどうなっているのかもよくわからないが、それでも人々はかつての日常を回復しつつあるように見える。実際、電力会社や政府の対応に怒りを覚えながらも、毎日の生活を何とかするだけで精一杯という人がほとんどだろう。政治不信や産地偽装はいまにはじまったことではないし、低線量被曝を気にしていたら食事も外出もままならない。粗末な仮設住宅で暮らす被災者には同情するが、テレビの向こうの他人を気づかう余裕があるわけでもない──そんな諦めにも似た感情を抱いて日々を過ごしているのは、おそらく私だけではないはずだ。

 もちろん、少しも後ろめたさがないといえば嘘になる。私たちは多かれ少なかれ、生き残ってしまった──あるいはそれほど被害を受けなかった──ことへの負い目を感じている。だからこそ記念日や記念碑というものがあり、毎年さまざまな行事が開催され、犠牲者への黙祷が捧げられるのだろう。それはもはや生きてはいない者たちの沈黙に耳を傾けることである。コミュニケーションのざわめきがふいに途切れ、死者たちの声なき声が語りはじめる。ばらばらになってしまった「私たち」をつなぎとめ、沈黙のまわりにひとつの共同体を組織するために、彼らはひとりひとりに呼びかける。あなたはやがて死ぬ、私がそうであったように。だがあなたの隣人もまた死ぬのだ。「あらゆる生の目的は死である」とフロイトは語っていた。そうだとすれば何のちがいがあるだろう、あなたと彼女とのあいだに。あるいは彼女と私とのあいだに。私はすでにそれについて書いた*1

 しかしこのような共同性を強調しすぎるあまり、かえって多様な生のかたちを抑圧することになってはならない。黙祷のために目を閉じることが、現実から目を背けることになってはならない。私がここで念頭においているのは、いわゆる「エグザイル[=追放]exile」ないし「ディアスポラ[=離散]diaspora」の状態にある人々のことだ。さしあたってエグザイルとは「本国や文化的、民族的出所を離れ、遠方に身を置く」*2ことであり、またディアスポラとは「故国から新たな地域に人々が自発的に移動したり、もしくは強制移住させられる」*3ことである。住み慣れた土地を追われ、一時的にではあれ避難所や仮設住宅、あるいは遠い親戚のもとで暮らすことを余儀なくされた人たち。地震津波が彼らに「移動[=転地]displacement」することを強いたのだが、しかしもっとも致命的だったのは、言うまでもなく放射能の脅威だった。放射性物質で汚染された土地に住み続けることはできない──ましてや子供をもつ母親にとっては。なるほど「ただちに影響はない」としても、そこで賭けられているのは未来なのである。

 私は故郷喪失者にただ同情するだけではなく、彼らの困難を自分の問題として考えてみたい(それはまた自分の無力感の裏返しでもあるだろう)。すなわち移動をめぐる問題としてである。なぜならそれは彼らの現在であると同時に、私自身の未来でもあると信じているからだ。いまや危機をあおる言説は、いたるところに満ちあふれている。日本はまた遠からず巨大地震に襲われるだろうし、そうでなくても財政破綻増税が待ちかまえている。かといって経済成長のためには移民や外資を受け入れなければならず、そうなれば格差拡大は避けられない。グローバル・マーケットに翻弄される無力な労働者としての自分を想像してみよう。未来は急な下り坂で、しかも底知れない暗闇に続いている──その門をくぐる者は、すべての希望を捨てなければならない。

 しかしここで私が考えたいのは、そうした極端な未来予測とはちがう、もっと別の時間のあり方である。そして移動の問題が重要なのは、それが過去や未来との関係性そのものを書き換えてしまうように思われるからだ。文化人類学者のジェイムズ・クリフォードは、ディアスポラについて次のように述べている。「ディアスポラの経験のなかで、「ここ」と「あそこ」の共存は、反目的論的な(ときにはメシア的な)時間性と節合される。直線的な歴史は裂け目を入れられ、現在にはつねに過去が影を落としている。そしてその過去とは、欲望されるが遮断されている未来、更新され苦痛に満ちた熱望である」*4。直線的な時間を破裂させ、均質な〈いま・ここ〉に突然侵入する「メシア的」な過去/未来──それはあたかも緊急地震速報のように、まどろんでいた私たちを打ちのめすだろう。

 とはいえこのように言うことで、私はエグザイルやディアスポラにまつわる現実的な困難の数々を捨象してしまうかもしれない。「エグザイルは」と批評家のエドワード・サイードは注意をうながしている。「それについて考えると奇妙な魅力にとらわれるが、経験するとなると最悪である」*5。しかしそうだとしても、エグザイルの経験に肯定的な側面がないわけではない。サイードはそれを「対位法的意識」と名づける。

エグザイルにとって、新しい環境における生活習慣や表現や活動は、別の環境に置き去りにしてきたものの記憶を背景として生ずる。したがって新しい環境と古い環境はともに、生々しく、現実的で、対位法的に同時に生起する。この種の把握法には独自の喜びがともなう。[…]たまたまいる場所であれば、それがどこでもくつろげる、そんなふうに行動することで、独特の達成感覚も生まれる。*6

 故郷喪失者を苦しめると同時に「独自の喜び」をもたらすのは、空間的な移動の経験にともなう時間性の変容である。そこでは過去・現在・未来が一直線に並べられるのではなく、それらが複雑に絡み合った離接的な時間として経験される。失われた〈かつて・あそこ〉は絶えず〈いま・ここ〉に回帰し、予期せぬ〈いつか・どこか〉の到来にさらされる。したがっていくつもの奇妙なカップリングがありうるだろう──〈いま・あそこ〉や〈かつて・どこか〉、あるいは〈いつか・ここ〉といったように。そしてこうした時間・空間についての意識は、いまや携帯電話やインターネットによってますます身近なものになっている。それらは通常リアルタイムというかたちで圧縮されてはいるが、対位法的な経験をもたらしうる特権的な装置でもあるのだ。過去から幽霊が電話をかけ、未来から天使がメールを送る──すなわち「ディアスポラの意識は、明確な緊張関係として喪失と希望を生きる」*7のである。希望はつねに喪失とともにあり、そしてそこにしかない。はじめよう*8

1. 車窓に映る風景と内面

 新海誠はエグザイルの作家である。『ほしのこえ』(2002年)から『星を追う子ども』(2011年)にいたるまで、新海は一貫してこの問題に取り組んでいる*9。だがそう言われると違和感を覚える人も少なくないだろう。というのも彼の作品を強く印象づけるのは、懐かしくも美しい繊細な風景描写と、思春期の遠距離恋愛をめぐる叙情的な物語だからである。放課後の教室、学校帰りのコンビニ、雨上がりの通学路、早朝の駅のホーム、透き通った青空、都会のネオン、真夜中の電話ボックス、桜の舞う踏切──そんなありふれた日常の風景も、ひとたび新海の手にかかると、まるで生命を吹きこまれたかのように燦然と光り輝きはじめる。それは胸を締めつけるような感傷的なモノローグとともに、少年と少女の孤独な内面を鮮やかに照らし出す。

 もちろん、こうした理解がまちがっているわけではない。たとえばアニメ評論家の藤津亮太は、「風景の発見」という柄谷行人の有名な議論を参照しながら、『ほしのこえ』における風景の「懐かしさ」を登場人物のモノローグと結びつけている。「なんでもない風景を、懐かしい、かけがえのない風景として思い出すこと。そのためには、なんでもない風景を認識する人物たちに内面があることを描かなくてはならない」*10。なぜなら柄谷が言うように、「周囲の外的なものに無関心であるような「内的人間」inner manにおいて、はじめて風景がみいだされる」*11からだ。全篇にわたって流れる静謐なモノローグは、登場人物が孤独な内面をもつ「内的人間」であることを示唆している。だからこそ「その寂しさの向こう側で、それまでは何の変哲もなかった踏み切りやバス停、階段のある道などが、突如かけがえのない風景として改めて甦り始める」*12──新海自身が柄谷の議論から影響を受けていることを考えると*13、きわめて説得力のある解釈である。

 しかしここで注意しなければならないのは、そのような「風景の発見」に先立って「内的人間」があるわけではないということだ。そうではなくて、柄谷が問題にしているのは「内面/風景」という二分法それ自体を可能にする「抽象的思考言語」──すなわち「言文一致」という近代的制度なのである。「表現」される内面と「描写」される風景は、この新しい「言=文」においてはじめて見出される。したがって問われるべきなのは、新海作品において「内面/風景の発見」を可能にするものは何なのかということだ。そして私の考えでは、それこそがエグザイルにほかならないのである。映画学者の加藤幹郎は、風景が「遠方への眼差しや旅(空間移動)によって、すなわち旅行(距離の生産)による日常の非日常化のなかから産みだされる」*14と述べているが、風景だけではなく内面についても同じことが言えるだろう。というのも加藤が指摘するように、「とりわけ新海誠のアニメーション映画は移動(旅立ち)の主題に満ちており、移動が産みだす場所の転位(風景の変化)と距離の拡大ならびに縮減の試みが伝統的なメロドラマ的主題(邂逅や擦れ違い)へと翻訳される」*15からである。

 『ほしのこえ』冒頭のシーンには、こうしたモチーフがすでに色濃く現れている。鉄橋をわたる電車の騒音に混じって、携帯電話の甲高い操作音が響く。制服姿の少女が電車の窓際に立ち、一心に携帯メールを打っている。加納新太による同作のノベライズから引用しよう。

[…]わたしは電車に乗っていた。

乗客席と運転席をへだてる壁にもたれて、後ろ向きに立って、すごいスピードで流れさっていく景色を自動ドアのガラスごしに眺めていた。

でも、ほんとうは、すごいスピードで流れさっているのは景色ではなくて、電車に乗ったわたしのほうだ。

そう思った瞬間、なんだか追いたてられたような、慌てたような気分になって、無意識に携帯電話を取りだしていた。*16

 この短いシーンでは、移動にともなう「内面/風景の発見」がわかりやすくシミュレートされている。車窓を流れる風景が少女の自意識へと折り返され、「なんだか追いたてられたような、慌てたような気分」を作り出す。それはエグザイルに特有の感覚である。つねに移動し続けることで〈いま・ここ〉が希薄化し、彼女は外界から切り離されているかのような不安に襲われる(それはまた柄谷のいう「人間から疎遠化された風景としての風景」*17が成立する過程でもあるだろう)。少女が「無意識に携帯電話を取りだしていた」のは、コミュニケーションを通じて自分の居場所を確認するためだ。しかし彼女のメールは誰にも届かない。灰色の小さなディスプレイに表示されたのは、「サービスエリア外です」というそっけない文字列だけだった。少女は諦めたように目を閉じ、そして静かにモノローグが流れはじめる──「内的人間」の誕生である。

 だがここで描かれているのは、たんなる「内面/風景の発見」だけではない。電車内にいたはずの少女は、次のシーンでは高層マンションの非常階段に立っている。さらに自宅のドアを開けると、そこには誰もいない放課後の教室が広がっている。「ねぇ…わたしはどこにいるの」──そう自問して目覚めた少女は、自分が「もう、あの世界にはいない」ことをはっきりと悟る。「ここは誰も来たことのない、遠い、黒くつめたい宇宙のはて」*18。少女の操る人型ロボット「トレーサー」の背後には、地球から8.7光年離れたシリウス星系第四惑星「アガルタ」が冷たく輝いている。つまり『ほしのこえ』冒頭のシーンは、彼女がトレーサーのコックピットのなかで見た、束の間の幻影にすぎなかったのだ。そして注目すべきなのは、その幻の内容ではなく形式、すなわちフラッシュバックである。宇宙空間をさまよう少女の脳裏に、懐かしい地上の風景がよぎる。それは〈いま・ここ〉が裂開し、〈かつて・あそこ〉が侵入する経験である。

 新海作品のいたるところに、このような裂け目が開いている。そこから見える風景は美しく、また痛ましくもあるだろう。新海にとっての〈いま・ここ〉は、〈かつて・あそこ〉と〈いつか・どこか〉を結んだ線上の一点にある──それゆえ規則正しく隣り合っている──わけではない。そうではなくて、それらは同時に重なり合い、絡まり合っているのである。そしてそれこそが、彼をエグザイルの作家たらしめている最大の要因なのだ。したがって「内面/風景の発見」というだけでは十分ではない。より重要なことは、離接的な時間と多層的な空間が立ち現れる、そのような経験の諸相をとらえることである。

2. 過去からのメール

 あらためてストーリーを確認しておこう。『ほしのこえ』は「宇宙と地上にひきさかれる恋人」の物語だ。中学生のミカコとノボルはお互いに好意を抱いており、同じ高校への進学を目指していたが、ある日突然離ればなれになってしまう。ミカコは宇宙船「コスモナウト・リシテア号」の乗組員として、異星人「タルシアン」の痕跡を調査するために遠い宇宙へと旅立つ。2人は携帯メールで近況を報告し合っていたが、宇宙船が地球から遠ざかるにつれて、メールの送受信にかかる時間がしだいに大きくなっていく。やがてアガルタへの長距離ワープが行なわれると、2人のあいだの時間のズレは決定的なものとなる。いつしかノボルはミカコからのメールを待つことをやめ、同じ高校に通う少女と親しく交際しはじめる。「どこにいるのかもわからない、なんの約束もしていない女の子をただ待ちつづけるには、「いま」「ここ」という時間と空気感は、リアルすぎて、圧倒的すぎた。/[…]/ぼくにとって意味がある事実は、ミカコはいま、ここにはいない、ということだった」*19。ノボルをとりまく日常は、あまりにも「空気が濃すぎる」*20のである。

 他方でミカコは、ノボルのいない〈いま・ここ〉を受け入れることができない。「ノボルくんとあの街にいたときの日常感覚。/ノボルくんといた気分。/それをわたしの心の基準位置にしていたい」*21。ノボルとは対照的に、ミカコは文字通りの意味で真空状態におかれている。彼女は火星や木星の壮大な光景を目の当たりにした感動をメールで伝えているが、それは藤津が言うように「修学旅行で流れ作業的に名所旧跡などを訪れた時の感想と同じ種類の当たり前の感想にすぎない」*22。やがてメールのやりとりが途絶えると、ミカコは耐えがたいほどの孤独感に襲われる。それは〈かつて・あそこ〉にとらわれた故郷喪失者のメランコリーである。地球とよく似ているはずの緑の惑星アガルタでさえ、彼女にとっては「ここには何もない」に等しい。なぜなら「こんなところにノボルくんはいない」*23からだ。

 地理学者のカレン・カプランは、亡命者とツーリストがともに〈いま・ここ〉を無価値化する傾向にあることを指摘している。「[…]どこか別のところにもっと真実の、もっと意味のある生活があるという信念は、亡命者とツーリストの両者に共有されている。これら二つの形象はともに、第一義的な主体の位置に神秘化されると、失われた実体や、けっして到達しえない統一を探し求める憂鬱病患者を表象することになる」*24。さしあたってミカコがそのような「憂鬱病患者」であることは明らかだ。

 しかしだからといって、新海は〈いま・ここ〉への没入をすすめているわけではないし、ましてや〈かつて・あそこ〉への逃避をうながしているわけでもない。というのも彼が描こうとしているのは、すでに述べたように、それらが交差する対位法的な意識にほかならないからだ。現在と過去が折り重なる瞬間──それは「いまとここの幸福」*25にまどろんでいたノボルの意識を叩き起こす。夏の湿った空気と雨音を切り裂いて、携帯の着信音が鳴り響く。一通のメールが「爆弾のように飛びこんできた」*26のは、彼が古いバス停の待合室で雨宿りしていたときのことだった。それは1年ぶりのミカコからのメールであり、そこには冥王星付近でタルシアンと戦闘になったこと、やむをえずハイパードライブで1光年の距離に逃れたこと、そしてこれから8.6光年先のシリウスに向けて長距離ワープに入ることが記されていた。

 だがノボルの心を激しく揺さぶったのは、メールの文面よりもむしろ送信日時である。そこには1年前の日付が表示されていた。つまりミカコは、メールが地球に届くまで1年以上かかることを知りながら、それでもなお1年後のノボルに宛てて送信したのだ。彼はその事実に衝撃を受け、過去から届いたメールを声に出して読みはじめる。それはすぐにミカコのモノローグへと変わり、やがて2人の声が静かに重なり合う──「ねえ、わたしたちは、宇宙と地上にひきさかれる、恋人みたいだね」。〈かつて・あそこ〉から響いてくる彼女の声は、まるでこだまのように〈いま・ここ〉の空気を振動させる。ノボルはもはや現在に没入することができない。加納によるノベライズでは、彼の意識が〈いま・ここ〉から引きずり出され、対位法的なものへと変化する様子がわかりやすく描かれている。離接的な時間と多層的な空間の出現──それは〈かつて・ここ〉ないし〈いま・どこか〉として経験されるだろう。

ぼくには、そのとき──

心が時間を越えて、2年前のあの日とまったく同じように、ミカコの息遣いと、存在を感じとることができた。ミカコの吐息や、喉をならす音や、ミカコから落ちる雨のしずくや、匂いや、そういったものまで。

ぼくは、いま、この瞬間に宇宙のどこかにいるはずのミカコに思いを馳せた。

このメールを書いてから、1年の時が過ぎ、ひとつ歳を取ったミカコのことを。*27

 ノボルがひとりで雨宿りしていた粗末な待合室は、2年前の夏、ミカコと一緒に夕立をやり過ごした思い出の場所だった。〈いま・ここ〉にいるはずのないミカコの気配が、ノボルの感覚器官にありありと現前する。それをミカコの「アウラ(オーラ)aura」と呼んでもいいだろう。アウラというのは、もともとギリシャ語・ラテン語で「息吹」や「微風」を意味する言葉である。批評家のヴァルター・ベンヤミンは、この言葉を次のように定義し直している。「そもそもアウラとは何か。空間と時間から織りなされた不可思議な織物である。すなわち、どれほど近くにであれ、ある遠さが一回的に現れているものである」*28。ノボルはすぐ近くにミカコの「息遣い=アウラ」を感じる。それは〈かつて・ここ〉にあったものであり、また〈いま・どこか〉にあるはずのものだ。近さと遠さが交錯し、現在と過去/未来が短絡する。宇宙の果てから吹きつける風が、かすかに地上の空気に混じる。独文学者の大野真は、新海が「「今」を「過去」として捉える感覚操作を、これは恐らく半ば無意識のうちに行なっている」*29ことを指摘しているが、そうするためには時間と空間を離接的で多層的なものとして把握する必要があるだろう。

 過去・現在・未来が折り重なるバス停の待合室は、歴史家ミシェル・ド・セルトーのいう「場所」の定義を正確になぞっている。「事実、場所というのは」とセルトーは語っている。「幾層にも重なった[記憶の]断片からなっており、その層のどこかに移っていったり、またそのどこかから出てきたりするし、そしてまた、こうして動きゆく厚みそのものを活用している」*30──まるで「パリンプセスト(重ね書き羊皮紙)」のように。したがって「場所は、奥深くたたみこまれた、とぎれとぎれの話であり、他人の読みおとした過去、先へ伸びてゆくことができるのにじっとたたずんで、来るべき物語のように未来を待ちながら、判じ文字のようにそこに在る時間、そうして、身体の苦悩と快楽のなかにひそかに宿る象徴表現である」*31

 ミカコの存在を感じとるということは、〈いま・ここ〉に織りこまれた〈かつて・あそこ〉や〈いつか・どこか〉をとらえる──あるいは逆にとらえられる──ことにほかならない。時間と空間を越えて重なる2つの声は、そのような対位法的意識の現れとして理解することができるだろう。

3. 失われた「ここ」を求めて

 同じような演出は、『ほしのこえ』のラストシーンでも繰り返されている。ミカコとノボルのモノローグが交互に流れ、最後に2人の声が重なり合う感動的なシーンだ。バス停の待合室で「ほしのこえ」を聞いてから、8年7ヶ月後──24歳になったノボルは、再びミカコからのメールを受信する。「ここにいるよ」と題されたそのメールには、たった2行「24歳になったノボルくん、こんにちは!/わたしは15歳のミカコだよ」とだけ記され、後はノイズで読めなくなっていた。映像は8年前のアガルタ上空へと切り替わり、ミカコのトレーサーとタルシアンの激しい戦闘が繰り広げられる。交差する2人のモノローグに合わせて、日常のありふれた光景が次々にフラッシュバックする。ノボルは雪の舞う灰色の空を見上げ、ミカコは目の前のタルシアンを切り裂いていく。地上と宇宙、現在と過去が目まぐるしく入れ替わり、やがて2人は同時に最後のセリフを口にする。それは愛の告白でも別れの挨拶でもなく、あのメールの題名と同じ「ここにいるよ」というごく控えめな言葉だった。

 このシンプルなラストシーンには、しかし『ほしのこえ』の解釈を決定づける重要な問いが含まれている。2人のいう「ここ」とはいったいどこなのか、という問題だ。ミカコとノボルのモノローグはたしかに重なり合ってはいるものの、それは彼らが〈いま・ここ〉を共有しているということを意味しない。実際には2人の時間と空間は大きくズレている。つまり批評家の東浩紀が言うように、彼らの声は「脳内世界でしか重ならない」*32のである。だがそうだとすれば、ミカコとノボルはそれぞれの〈いま・ここ〉を肯定しようとしているのだろうか──『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)最終回のあまりにも有名なセリフ「僕はここにいてもいいんだ」がそうであったように。

 実際、批評家の大塚英志や編集者の大野修一、ライターのササキバラ・ゴウらは、『ほしのこえ』のラストシーンに現状肯定的な態度を見出し、そのことの是非をめぐって議論している。ササキバラの考えでは、「ここにいるよ」という2人のセリフは、物語の「着地点」を示しているのであって、その先の「成長」を描こうとしているわけではない。彼はその点をむしろ積極的に評価する。というのも「ここにいて、ここ以外のどこにも行けなくて、ここしかない」というニヒリスティックな現状認識──宮台真司のいう「終わりなき日常」──のなかで、それでもなお「ここにいるよとかここにいることが好き、あるいはこの空間が好きだっていう結論」*33に達しているとされるからだ。

 これに対して大野は、ササキバラの解釈に真っ向から反対している。彼に言わせれば、「ここ」というのは「次にどこかに向かうための、スタート地点」*34でなければならず、そしてそのかぎりで評価に値する。つまり『ほしのこえ』のラストシーンは、「旅」に出る前の「状況の再確認」と「その状況の再確認の中にいる「私」の再確認」のプロセスであり、重要なのは「ここ」から旅立つことなのだという。

 他方で藤津は、ササキバラや大野のように「ここ」を〈いま・ここ〉として理解することそれ自体を疑問視している。なぜなら「二人がそれぞれ今生きている場所を指し示すにしては、作品中で描かれている二人の「現在」はあまりにも希薄すぎる」*35からだ。たしかに彼らの〈いま・ここ〉は、出発点というにはそっけなく、また着地点というにはあっけないように思える。それは藤津によれば、ミカコとノボルが〈かつて・あそこ〉へのノスタルジーにとらわれているためだ。「魅力的な過去の前では、現在は色あせて見える。色あせた現在は、まるで観光絵はがきか何かのように細部と奥行きを失い、関心を誘わない何かへと変化していく」*36。2人は「自分がどこにいるのかも見失ったまま」、ともに過ごしたあの夏の思い出に心を奪われている。つまり藤津の解釈では、彼らのいう「ここ」とは、現実から遊離した「どこでもない場所」(=「脳内世界」)にほかならないのである。

 しかしそうだとすれば、ラストシーンのミカコとノボルは「どこでもない場所で携帯電話を手にしながら、つながっているかどうかもわからない相手に「ここにいるよ」とモノローグをつぶやいているだけ」*37にすぎないのだろうか──部屋に引きこもってパソコンの画面に没入する、現代の若者たちのように*38。おそらくそうではないだろう。新海が描こうとしていたのは、たんなる現実逃避ではないし、かといって現状肯定でもない。2人の現在がどれほど希薄なものに見えるとしても、メランコリーやノスタルジーに完全に支配されていると考えるのはまちがいだ。

 そのことがもっともよく現れているのは、アガルタに到着したミカコがタルシアンと接触するシーンである。美しい大地に降りしきる雨を眺めながら、彼女もまたあの夏の日の夕立を懐かしく思い出していた。学校の帰り道、急にどしゃぶりの雨に降られ、2人でバス停の待合室に駆けこんだこと。トタン屋根を叩く雨音を聞きながら、隣に座るノボルの息遣いを感じていたこと。もう戻れない日々の記憶に苛まれ、ミカコはトレーサーのコックピットのなかで泣き崩れる。だがそれも長くは続かない。不意に何者かのひとさし指がミカコの額にふれ、ノスタルジーに浸っていた彼女の意識を覚醒させる。「誰?/どうして?そんな疑問が生じるよりもはるかに速く、わたしのなかから情報がひきだされて、わたしの意識の表面に次々と映しだされた」*39。ノボルが突然のメールによって〈いま・ここ〉への没入を妨げられたのと同じように──あるいはそれとは対照的に──、彼女はタルシアンとの接触によって〈かつて・あそこ〉への沈潜から引き戻されるのである。

 さらにここで注目すべきなのは、タルシアンがミカコ自身の過去/未来の姿となって現れることだ。顔を上げた彼女の目の前に、もうひとりの自分が出現する。少女は10歳くらいの子供の姿で、くすんだ色のワンピースを身にまとい、まるで「天使みたいに浮かんでいた」*40。あっけにとられているミカコの前で、幼い少女はまだ見ぬ20代半ばの大人の姿へと変身する。つまりこのシーンでは、タルシアンによってミカコの過去と未来が擬人化され、彼女の現在に重ね合わされているのである。それはまさに「対位法的意識の劇場」とも言うべきものだ。そして「ここにいるよ」というセリフの謎を解き明かすための手がかりは、ほかならぬこの舞台の上に用意されている。それはミカコに対するタルシアンの呼びかけのなかに見出されるだろう。

「ねえ、やっとここまできたね」

「大人になるには痛みも必要だけど」

「でも、あなたたちならずっとずっと、もっと先まで、きっと行ける」

「ほかの銀河へもほかの宇宙へだって」

「ねえ、だから、ついてきてね」

「託したいのよ、あなたたちに」

 この一連のセリフには、『ほしのこえ』における新海の姿勢があからさまに表現されている。というのも彼は、同作のラストシーンを「このままみんな脳内[世界]でいようよ、というメッセージ」として受けとったという東に対して、ミカコとノボルが「現実は別々の場所に生きていてそのさきを生きていかなければならない」*41、そのような意図を「ここにいるよ」という言葉にこめたと語っているからだ。要するに、新海はエグザイルの経験そのものを肯定しようとしているのである。

4. どこにでもある場所へ

 しかしそれにもかかわらず、ラストシーンの2人のセリフは、現状肯定ないし現実逃避として受けとられることになった。そしてその原因は、少なからず新海自身のミスリードにある。彼は「[最終的に「脳内世界」にとどまるという]泣ける話として受け入れられるのはウェルカムだった」*42とも述べているが、そのことは自分の過去/未来の姿と対面したミカコのヒステリーにも見てとれる。宇宙の果てまで「ついてきて」ほしいというタルシアンに対して、彼女は涙ながらに「ノボルくんと一緒にいたかっただけ」だと訴える。だがミカコの願いを打ち砕くかのように、上空から強力なビーム攻撃が降り注ぎ、アガルタの美しい大地を無惨に破壊する。激しい戦闘の火ぶたが切って落とされ、彼女はトレーサーを駆りながら「わかんないよ!」と絶叫する。

 一見するとミカコは、「そのさきを生きていかなければならない」という新海=タルシアンの意図に反発し、さらなるエグザイルを拒絶しているように見える。14歳という年齢を考えれば当然の反応ではあるが、おそらくこの点に『ほしのこえ』の曖昧さがあると言えるだろう。ラストシーンの解釈をめぐって、現実逃避と現状肯定という両極端な立場が生じるのはそのためだ。しかしながら、どちらの解釈もまったく不十分である。前者はミカコがタルシアンとの戦闘に身を投じる理由を説明できないし、後者は戦闘中に過去の風景がフラッシュバックする理由を説明できない。要するに、両者は移動にともなう対位法的意識の生成をとらえ損ねているのだ。何度も述べているように、ミカコは〈かつて・あそこ〉に逃避しているわけではないし、かといって〈いま・ここ〉に埋没しているわけでもない。そうではなくて、それらが複雑に折り重なった離接的で多層的な「ここ」を生きているのである。

 大塚はこの点を正確に理解していたように見える。というのも彼は、『ほしのこえ』のなかに「ここにいるっていうことに関する肯定と、いやそれだけじゃだめなんだっていう否定」*43という「二重性」が存在することを指摘していたからだ。それは言い換えれば、「ここ」が着地点であると同時に出発点でもある──したがってそのどちらか一方ではない──ということ、すなわち絶えず移動し続けているということである。ミカコはつねにあらかじめ「旅」のなかにある。そのことは携帯電話という装置からも明らかだ。デスクトップ・パソコンやテレビのディスプレイ──それらは現実から切り離された「脳内世界」や「どこでもない場所」を映し出す──が基本的に移動不可能であるのに対して、携帯の小さな液晶画面は、文字通りの意味で高度なモビリティを達成している。このちがいは決して小さなものではない。つまりミカコやノボルにとっての「ここ」とは、座標空間内に固定された一点としての〈いま・ここ〉や〈かつて・あそこ〉ではなく、いわば変数としての「移動し続ける場所」であり、そしてそのかぎりで「どこにでもある場所」なのである。

 とはいえそれは〈いま・ここ〉を軽視することではないし、また〈かつて・あそこ〉を忘却することでもない。むしろ事態は逆なのであって、現在や過去は絶えず「痛み」としてミカコの意識を引き裂き、彼女を〈いつか・どこか〉へと駆り立てる。それは一方でタルシアンとの接触=戦闘による身体的負荷としての「痛み」であり、他方で失われた日常に対するノスタルジーとしての「痛み」である。前者は〈かつて・あそこ〉への逃避を妨げ、後者は〈いま・ここ〉への没入を阻む。ミカコはそのどちらにもとどまり続けることができない──しかしだからこそ「ほかの銀河へもほかの宇宙へだって」行くことができるのだ。したがってそれは現状肯定でも現実逃避でもなく、対位法的に生起する現在と過去の「痛み」にさらされ続けることである。あるいはそうした「痛み」を抱えたまま、離接的な時間と多層的な空間を生きる──とはつまり移動し続ける──ことである。「たぶん、わたしたちは、痛がりだからこんな遠くにまで来られたのだと思う」*44

 加納は『ほしのこえ』のノベライズを手がけるにあたって、随所にさまざまなアレンジを加えているが、なかでも問題のラストシーンはかなり大胆に再構成されている*45。しかしそれは「もうひとつの結末(アナザー・エンド)」というよりも、むしろ原作の曖昧さを払拭した「真の結末(トゥルー・エンド)」と呼ぶにふさわしいものだ。ミカコはタルシアンとの戦闘を通じて「彼らもわたしと同じ」であることに気づき、ついに自らのエグザイル状況を引き受ける──「わたしは、どんな遠くだって行くことができる」*46。移動し続けることを選択した彼女にとって、いまや地球もアガルタも「同じ宇宙」の一部である。ホームレスであると同時にホームフルでもあるということ。それは確信をもって「どこだってここなんだ」*47と言えるような、いわば「どこにでもある場所」としての「ここ」に住まう(=移動する)ことを意味している。

ここも宇宙だし、

あの街も宇宙なんだ。

人がいて、

同じことを感じていて。

わたしは、生まれたその瞬間から宇宙に住んでいたのだし、これからだってそうなんだ。

同じ場所──

ああ、

ノボルくん──

わたしたちは、いまもいっしょにいるんだよ。

わたしは、ここにいるよ……。*48

 ミカコからのメールを受けとったノボルもまた、彼女とまったく同じ境地に到達する。彼は自分の住んでいる「スペースコロニーみたいな」郊外の街が、「この地上でいちばん宇宙に近い場所だった」*49ことに気づかされる。「そういえば、地球だって、宇宙の一部だった。/ここだって宇宙なんだ」*50。しかしだからといって、ノボルは宇宙としての郊外にとどまり続けるわけではない。むしろ「ここだって宇宙」だからこそ、逆にどこへでも行くことができるのである。こうして彼はミカコの後を追い、宇宙船の乗務員として地上を離れることを決意する(交際相手とはそのことが原因で破局する)。けれどもノボルの動機は、最終的に運命の相手と結ばれるという「ロマンチック・ラブ」イデオロギーによるものでは決してない。新海は『星を追う子ども』の舞台挨拶のなかで、彼の他の作品の登場人物たちがそうであるように「『ほしのこえ』でもノボルとミカコは結ばれない」と明確に述べている。むしろ重要なのは「“ロマンチックラブ”らしきものをつかみかけた彼らだけど、それを手に入れることはできなかったけども、でもその先に出て歩いて行」*51くことであり、そうすることができるという確信をもつことなのだ。

 過去と現在を携帯しながら、2人はそれぞれの未来へと押し流されていく。それはたしかにハッピー・エンドではないかもしれないが、しかし決してバッド・エンドというわけではない(というかそもそも「エンド」でさえない)。なぜなら移動し続けることではじめて、逆説的に彼らは「いっしょにいる」ことができる、すなわち「どこにでもある場所」としての宇宙にともに住まうことができるからだ。〈いま・ここ〉にありながら〈かつて・あそこ〉にあり、また〈いつか・どこか〉にあるということ。そのような「ここ」においてのみ、ミカコとノボルは互いの存在を感じとることができる。だからこそ彼らは移動することを選択するのである。「わたしたちはとおくとおく──/すごくすごーくとおく離れてくけど」「でも想いが時間や距離を超えることだってあるかもしれない」。

 雨上がりの雲間からまっすぐに差しこむ「天使のはしご」が、遠く離れたミカコとノボルをともに照らしている。それはひとつの希望でなければ何だろうか。ただ「ここにいる」ことが、この宇宙のどこかに存在する/したという確信が、2人をさらなる宇宙の彼方へと導いていく。2000年代初頭に公開されたわずか25分の映像作品は、およそ10年の時差をはらんで、震災後の私たちの生そのものに遠く反響している──まるで「ほしのこえ」のように。

 

 

 

*1:拙稿「ツインテールの天使──キャラクター・救済・アレゴリー」(『セカンドアフター vol.1』、2011年、8〜56頁)を参照。

*2:ビル・アッシュクロフト/ガレス・グリフィス/ヘレン・ティファンポストコロニアル事典』木村公一編訳、南雲堂、2008年、111頁。

*3:アッシュクロフト/グリフィス/ティファンポストコロニアル事典』、86頁。したがってエグザイルとディアスポラは同じものではない。後者の代表的な事例はユダヤ人やアフリカの奴隷貿易、紛争による難民であり、他方で前者のそれは国外に亡命した反体制的な政治家や作家、芸術家である。しかしながら本稿では、「やむをえない理由で故郷を離れざるをえない」という状況一般について考えるために、両者をとくに区別せずに用いることにする。

*4:ジェイムズ・クリフォード「ディアスポラ」『ルーツ──20世紀後期の旅と翻訳』毛利嘉孝/有元健/柴山麻妃/島村奈生子/福住廉遠藤水城訳、月曜社、2002年、299頁。

*5:エドワード・サイード「故国喪失についての省察」『故国喪失についての省察 1』大橋洋一/近藤弘幸/和田唯/三原芳秋訳、みすず書房、2006年、174頁。

*6:イード「故国喪失についての省察」、193頁。ただしサイードは──そしてもちろん私も──エグザイルを理想化しているわけではまったくない。彼は引用箇所に続けて、次のように述べている。「しかしながら、これ[=エグザイル]には危険がつねにともなう。まやかしの習慣は心労を蓄積させ神経をさかなでする。エグザイル状態とは、満足も充足も安心もない状態である。[…]エグザイルは、習慣的な秩序の外で起こっている生活である。それはノマド的で、脱中心化され、対位法的である。またそれに慣れてしまうやいなや、その静まることのない力が安定した生活をふたたび揺さぶるのである」(193頁)。

*7:クリフォード「ディアスポラ」、291頁。

*8:本稿はより大部の論考の第1章として構想された。当初の思惑では、第2章に『映画けいおん!』論が収録される予定だったが、生来の怠惰によって断念せざるをえなかった。2011年の冬コミで頒布したペーパー「ロンドン、天使の詩──『映画けいおん!』と軽やかさの詩学」は、その簡単なスケッチである。現在は拙ブログに掲載されているので、合わせて参照してほしい(『てらまっとのアニメ批評ブログ』「ロンドン、天使の詩:『映画けいおん!』と軽やかさの詩学 ver. 3.5」)。なお本稿に「セカイ系」という言葉が登場しないのは、セカイ系/空気系(日常系)という問題含みの対立に回収されることを避けるためである。この点に関しては、志津A「日常における遠景──「エンドレスエイト」で『けいおん!』を読む」(『アニメルカ vol.2』、2010年、9〜20頁)と拙稿「ロンドン、天使の詩」および「ツインテールの天使」が参考になるだろう。

*9:もっとも『星を追う子ども』には、それまでの新海作品とくらべて大きく異なる点がひとつある。それは登場人物のモノローグが封印されていることだ。この問題については、藤津亮太「モノローグのなくなった世界で」(『SFマガジン 2011年6月号』、早川書房、74〜78頁)を参照。

*10:藤津亮太「二〇四六年夏へのモノローグ」『「アニメ評論家」宣言』扶桑社、2003年、260頁。

*11:柄谷行人日本近代文学の起源 原本』講談社文芸文庫、2009年、33頁。

*12:藤津「二〇四六年夏へのモノローグ」、259頁。

*13:新海は大学時代に「感銘を受けた」本として、柄谷の『日本近代文学の起源』を挙げている。『『星を追う子ども』公式サイト』より「『星を追う子ども』公開記念『秒速5センチメートル』上映&ティーチイン@キネカ大森(5月12日)」を参照。

*14:加藤幹郎「風景の実存──新海誠アニメーション映画におけるクラウドスケイプ」『アニメーションの映画学』加藤幹郎編、臨川書店、2009年、127頁。

*15:加藤幹郎「風景の実存」、121頁。

*16:加納新太ほしのこえ──あいのことば/ほしをこえる』新海誠原作、エンターブレイン、2006年、6頁。なお『ほしのこえ』には、加納によるものを含めノベライズが2つ(大場惑『ほしのこえMF文庫J、2002年)とコミカライズがひとつ(佐原ミズほしのこえ講談社、2005年)存在する。細部や結末はそれぞれ微妙に異なっているが、とりわけ本稿では加納が手がけたノベライズに多くを負っている。というのも残りの2つが原作の補完程度の内容であるのにくらべて、加納のそれは原作に対するかなり踏みこんだ──しかも後で見るように、きわめて斬新かつ説得的な──解釈が含まれているからだ(続く『雲のむこう、約束の場所』と『秒速5センチメートル』のノベライズも彼が担当している)。ところで加納は、ミカコとノボルそれぞれの視点から2つの章(「あいのことば」と「ほしをこえる」)に分けて物語を再構成しているが、それよりも宇宙と地上に対応させるかたちで、同じ頁の上下にそれぞれの物語を記したほうがよかったのではないだろうか。そうすれば原作のラストシーンで重なり合う2つのモノローグも、より印象的にノベライズすることができたように思われる。

*17:柄谷『日本近代文学の起源 原本』、38頁。

*18:加納『ほしのこえ』、13頁。

*19:加納『ほしのこえ』、231頁。

*20:加納『ほしのこえ』、209頁。

*21:加納『ほしのこえ』、55頁。

*22:藤津「二〇四六年夏へのモノローグ」、254頁。

*23:加納『ほしのこえ』、109頁。

*24:カレン・カプラン『移動の時代——旅からディアスポラへ』村山淳彦訳、未來社、2003年、124〜125頁。

*25:加納『ほしのこえ』、218頁。

*26:加納『ほしのこえ』、242頁。

*27:加納『ほしのこえ』、246〜247頁。

*28:ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」『ベンヤミン・コレクション 1』浅井健二郎編訳、ちくま学芸文庫、1995年、592頁。

*29:大野真「風景の詩学——新海誠秒速5センチメートル』解読」『深読み映画論──『暗い日曜日』の記憶』春風社、2009年、170頁。

*30:ミシェル・ド・セルトー『日常的実践のポイエティーク』山田登世子訳、国文社、一九八七年、二二九頁。場所を「幾層にも重なった断片からな」るものと見なすセルトーの考え方は、アニメやAR(拡張現実)技術におけるレイヤー構造ときわめて相性がいいように思われる。この点については、佐々木友輔「拡張された郊外におけるアート」(『floating view “郊外”からうまれるアート』佐々木友輔編、トポフィル、2011年、50〜59頁)および拙稿「多層化する世界──魔法少女とマルチレイヤー・リアリズム」(『魔法少女のつくりかた』こうさくらぶ、2011年、58〜68頁)を参照。また本稿では扱うことができなかったが、新海作品を特徴づける強烈な光の効果──レンズフレアやスミア、ブルーミングなど──は、重ね合わされた無数のレイヤーをなじませるだけでなく、それ自体ひとつの光源として私たちの網膜にふれ、その傷つきやすい表面を──ときには涙のヴェールでさえも──画面を構成する諸レイヤーのひとつに変えてしまうだろう。そのとき冷静な観察者と彼の眼前に立てられた像の関係はもろくも崩れ去り、連続的に折り重なった複数のレイヤーだけからなる多層的な空間が出現する。キャラクター作画と背景画、前景と後景、リアルとフィクション、現在と過去/未来──入れ子状に重ね合わされたいくつものレイヤーを同期させるもの、それはこの直進する光である(それは『けいおん!』の教室の窓から漏れ出てくる、フェルメールの絵画のように柔らかな光とは対照的だ)。ディスプレイの彼方から届く光が、遠い星のまたたきが、こうして私たちの現在を音もなく切り裂いていく。

*31:ド・セルトー『日常的実践のポイエティーク』、二三〇頁。

*32:新海誠西島大介東浩紀「セカイから、もっと遠くへ」『コンテンツの思想──マンガ・アニメ・ライトノベル東浩紀青土社、2007年、77頁。

*33:大塚英志ササキバラ・ゴウ大野修一/川中利満「「ほしのこえ」座談会」『「ほしのこえ」を聴け』大塚英志ほか、徳間書店、2002年、217頁。

*34:大塚/ササキバラ/大野/川中「「ほしのこえ」座談会」、210頁。

*35:藤津「二〇四六年夏へのモノローグ」、261頁。

*36:藤津「二〇四六年夏へのモノローグ」、254頁。

*37:藤津「二〇四六年夏へのモノローグ」、261頁。

*38:大塚は『ほしのこえ』と現代の引きこもりの環境が「パラレルのような気がする」と指摘している(大塚/ササキバラ/大野/川中「「ほしのこえ」座談会」、230頁)。

*39:加納『ほしのこえ』、122〜123頁。映像では一時停止しないかぎり確認できないが、実はミカコは地上でタルシアンと遭遇している。アガルタでタルシアンと再び接触することで、彼女はようやくそのことを思い出すのである。

*40:加納『ほしのこえ』、124頁。

*41:新海/西島/東「セカイから、もっと遠くへ」、77頁。

*42:新海/西島/東「セカイから、もっと遠くへ」、77頁。

*43:大塚/ササキバラ/大野/川中「「ほしのこえ」座談会」、219頁。

*44:加納『ほしのこえ』、149頁。

*45:おそらく加納は、大塚や東、藤津らの議論を参照しながら、新海の意図を尊重するかたちで物語を再構成していったのだと思われる。

*46:加納『ほしのこえ』、154頁。

*47:加納『ほしのこえ』、153頁。

*48:加納『ほしのこえ』、153〜154頁。

*49:加納『ほしのこえ』、161頁。

*50:加納『ほしのこえ』、252頁。

*51:『『星を追う子ども』公式サイト』「『星を追う子ども』公開記念『秒速5センチメートル』上映&ティーチイン@キネカ大森(5月12日)」

敗北を抱きしめて:ゼロ年代批評と「青春ヘラ」「負けヒロイン」についての覚え書き

 ここ最近、ゼロ年代批評に造詣の深い紅茶泡海苔さん(@fishersonic)の企画で、かつて敗れていったツンデレ系サブヒロインさん(@wak)、大阪大学感傷マゾ研究会さん(@kansyomazo)、早稲田大学負けヒロイン研究会さん(@LoseHeroine_WSD)らとオンラインでお話しする機会があり、「感傷マゾ」や「青春ヘラ」「負けヒロイン」といった概念についていろいろ教えてもらった。当日の録音アーカイブYouTubeで公開しているので、興味のある方は聴いてみてほしい。

www.youtube.com

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 動画のタイトルにもあるように、これらの長い長い会話は「2020年代の批評ライン」の一環として企画されている。それが具体的にどのようなラインなのかは、動画のなかで断片的に語られている(ような気がする)ものの、全貌は私にもよくわからない。たぶん提唱者の紅茶泡海苔さんが、いずれどこかの媒体で発表することになるのだと思う。

 本稿はこの2つの会話をきっかけに私が感じたこと、考えたことを暫定的にまとめた覚え書きのようなものだ。そのため、個々の概念の理解や解釈については、感傷マゾ・負けヒロイン各研究会の公式見解と食い違っている可能性も少なからずある。というより、私自身の問題意識に強く引きつけて書いているせいで、おそらく両研究会の趣旨をかなりの程度ゆがめてしまっている。いちおうそれぞれの主宰者には目を通してもらってはいるが、筆者のバイアスが多分に入っていることをあらかじめ承知して読んでほしい。(以下敬称略)

 さて、私が個人的に気になっているのは、「感傷マゾ」や「青春ヘラ」「負けヒロイン」といった比較的新しく見える概念が、いわゆる「ゼロ年代批評」とどのような関係にあるのか、ということだ。紅茶泡海苔は当初、東浩紀宇野常寛に代表されるゼロ年代批評をモデルとした批評シーンの再興を企図しており、その過程でこれらの概念やそれを扱う各研究会を「発見」したかのように見える。けれども、それらは必ずしもゼロ年代批評とは直接関係がない──というか、むしろ全然違うところが出てきたものだ。にもかかわらず、私は(そしてたぶん、紅茶泡海苔も)この2つのグループのあいだに、ある種の連続性があるのではないかと考えている。

※本稿では諸般の事情により「感傷マゾ」には立ち入らない。気になる方は各自で検索してほしい。

 「青春ヘラ」とは何か。この言葉を作り出した大阪大学感傷マゾ研究会の記事*1をもとに私なりにまとめると、それはノベルゲームやアニメ、漫画、ライトノベルなどの若者向けフィクションで描かれるような輝かしい「青春」を送ることができなかった(と感じている)高校生や大学生が、その苦い記憶をいつまでも引きずり、自己愛の裏返しとしての自己嫌悪や自己卑下にとらわれ、否定的なアイデンティティを獲得してしまうことを指す。「ヘラ」というのは「メンヘラ」、つまり心の健康に問題を抱える人を意味するネットジャーゴンに由来する。同研究会の記事では「青春敗北者」という印象的な言葉も用いられている。

 他方で「負けヒロイン」とは、夜須田舞流のリサーチ*2によると2010年代後半頃に広まった言葉で、やはりライトノベルなどの若者向けフィクションにおいて、最終的に男性主人公の恋人としては選ばれなかったヒロインを指す。こちらは青春ヘラとは違い、若者の自意識というよりは物語のキャラクター類型に関するものだが、そこにもやはり、ある種の「敗北」の感覚が深く影を落としているように見える。早稲田大学負けヒロイン研究会の主宰者は、とあるフィクション作品で自分の好きなヒロインが「負け」たことをきっかけに、これまで自分が好きだったヒロインがことごとく「負け」ていることに気づき、やむにやまれず会を立ち上げたという。

 一見すると、これらは2000年代に一部の若者のあいだで流行した「批評」とはかなり異なるように思える。仮にこの批評という言葉を、個々人の私的な「感想」から区別される、ある程度の客観性を志向した価値評価(evaluation)の営みとして理解するなら*3、そこには当然、自分とは異なる価値観を持った他者への「批判」や「説得」のプロセスが含まれるだろう。プロ・アマ問わず、しばしば批評家同士が派手に喧嘩したり対立したりするのは、この批評という営み自体の闘技的ないしスポーツ的な性格に由来している。批評家志望の若者を募って選抜する「東浩紀ゼロアカ道場」(2008~09)などは、当事者ではないため推測にすぎないが、まさにその最たる例だったように思う。

 けれども、オンラインでお話をうかがうかぎり、感傷マゾ・負けヒロイン両研究会の主宰者にはそのような動機があまり感じられない。それどころか、価値観の異なる他者との摩擦や衝突をできるだけ回避し、最初から同じ趣味嗜好を持つ人々とのみつながろうとする意識がきわめて強い。たぶん彼らは「青春ヘラ」や「負けヒロイン」といった概念を、他者の説得や自己の正当化のために使おうとはあまり考えていない。もちろん、こちらから説明を請えば快く教えてくれるが、その語り口もそれぞれの概念の内実と同様、どこか自虐的・自嘲的で、自分たちの価値評価(カントの言葉でいえば「趣味判断」)をまったき他者と共有しうる、普遍化しうるとはそもそも信じていないふしがある。要するに、紅茶泡海苔が「2020年代の批評ライン」と名づけたものは、少なくとも私から見ると、批評という営みからきわめて遠いのだ。

 にもかかわらず、というよりだからこそ、私はそこにゼロ年代批評との逆説的な連続性を感じてしまう。もはやかつてのような「批評」が事実上失効していることを、彼らの防衛的な振る舞いが如実に示しているように思えたからだ。

 ゼロ年代批評のグルとして君臨した東浩紀は、『動物化するポストモダン』(2001)の続編となる『ゲーム的リアリズムの誕生』(2007)のなかで、たんなる男性向けポルノグラフィとみなされていた美少女ゲームを本格的な批評の俎上に載せ、PCゲームのシステムと結びついた物語構造を鮮やかに分析してみせた。『AIR』(2000)をはじめとする一部の美少女ゲームには、少女を「所有」したい(つまりはセックスしたい)というプレイヤーの家父長制的な欲望を想像的に満たすと同時に、その欲望に「反省」を迫り、内向的なオタク男性の「ダメな僕ら」という自己欺瞞を解体する批評的な構造が備わっている、と東は主張した。

 これに噛みついたのが宇野常寛だ。宇野は『ゼロ年代の想像力』(2008)のなかで、東のいう「反省」がたんなるポーズ、彼の言い方では「安全に痛い自己反省パフォーマンス」にすぎず、結局は家父長制的な欲望が温存・強化されていると厳しく批判した。宇野に言わせれば、それは中年男性が女子高生と援助交際した後に、自分の後ろめたさを解消するために「こんなことをしていちゃいけないよ」と説教するようなものでしかない。彼はそうしたコンテンツ一般を「レイプ・ファンタジー」と呼んで切り捨てている。

 私個人としては、宇野の批判もわからなくもない一方、東の美少女ゲーム論にはいまなお参照されるべき重要な成果があると考えている。けれども、ここであらためて確認しておきたいのは、宇野の苛烈な批判がたんに東ひとりに向けられたものというより、彼の強い影響下にあったゼロ年代(前半)批評のシーンそのもの、いわば「東チルドレン」全体に向けられていたことだ。宇野は東によるセカイ系論や美少女ゲーム論が、それらを愛好する若いオタク男性に「ある種の免罪符として消費されることで無批判に受け入れられている」*4状況に苛立ちを隠さない。つまり、宇野の批判のポイントは、東の美少女ゲーム論の問題点を指摘するにとどまらず、それを「免罪符」として「ダメな僕ら」の自己正当化を図り、ポルノグラフィを「文学」とうそぶく東チルドレンを一掃することにあったわけだ。『ゼロ年代の想像力』のなかで、彼は2000年代前半の状況を次のように総括している。

東の両義的な評価をご都合主義的に解釈することで、ゼロ年代前半のサブ・カルチャー批評の世界は、もっともマッチョでありながら、そのことに無自覚な鈍感な想像力が「文学的」「内省的」であると評された時代を迎えた。だがそんな不毛な時代はもう終わりにしなければならない。結論ありきの自己反省パフォーマンスは、むしろ文学の可能性を剥ぎ取り、より単純化された思考停止に人々を導いていくのだから。*5

 当時の宇野の批判に対して、東が正面から反論したという話は寡聞にして知らない*6ツイッター上ではやり合っていた気がするが)。むしろ両者はその後接近し、2010年代前半に『AZM48』の権利問題をきっかけに決裂するまで一緒に仕事をしている。ともあれ、若者向けコンテンツを対象とした批評シーンは、2011年の東日本大震災福島第一原発事故による社会問題への関心の前景化や、同年の『フラクタル』騒動による東の離脱もあって急速にしぼんでいく。2000年代前半が「不毛な時代」だったかはともかく、一部のオタク男性のある種の「自己表現」としてのゼロ年代批評は、宇野の批判に適切に応答することなく退潮してしまった。近年SNS上で戦われている「表現の自由」論争には、後で述べるように、このときの「敗北」の記憶が遠く反響しているように思える。

 私が「青春ヘラ」や「負けヒロイン」を掲げる研究会から感じるのは、私自身とよく似た「ダメな僕ら」、つまりは「主体性の根拠を失い、父性や男性性を無自覚に担うことができず、文学的な内面を抱えた男性」*7としての自意識だ。そういう意味では「2020年代の批評ライン」もまた、ゼロ年代批評とほとんど同じような心性に支えられている気がするが、それでも2000年代とは決定的に異なる点がひとつある。そもそも彼らが「批評」を志向していないように見えることだ。そして私の考えでは、まさにこの点こそが、ゼロ年代批評との断絶にして継承なのである。

 紅茶泡海苔が企図していたように、仮にゼロ年代批評をモデルとする批評シーンを再興しようとするなら、東チルドレンが2000年代にやり残した課題、すなわち宇野による「ダメな僕ら」批判に正面から応答しなければならないだろう。けれども、私の見るかぎり、この課題をクリアするのは当時よりも現在のほうがはるかに難しい。いわゆる「リベラル」な価値観が一般化し、社会的・制度的な不利益を被っている女性やマイノリティの権利保護の要求が日増しに高まり、「価値観のアップデート」に乗り遅れた男性がフェミニストから糾弾される2020年代の日本社会で、コロナ禍があったとはいえアニメや漫画のような青春を送れなかったことへの鬱屈とか、主人公に選ばれなかったヒロインへの哀惜とかいったものを、真剣な議論に値するテーマとして正当化しうるとは思えないからだ。そんなものは所詮、フィクションに耽溺する若い高学歴オタク男性のナルシシズムでしかなく、自身の恵まれた境遇にあぐらをかいて現実の諸問題から目をそらしているにすぎない──こう言われたらたぶん、反論するのは難しいだろう。

 急いで付け加えておくと、だからといって私は、感傷マゾ研究会や負けヒロイン研究会を批判したいわけではまったくない。気候変動とかSDGsとかLGBTQ+とかの話をすべきだと言いたいわけでもない。そうではなく、私がここで強調したいのは、彼らがそうした批判の妥当性をあらかじめ深く認識しているということだ。

 「青春ヘラ」も「負けヒロイン」も、それらに執着してしまう「ダメな僕ら」のごく個人的な問題にすぎず、ポルノグラフィックな美少女ゲームと同様、もはや社会的に正当化するのが困難であることを、両研究会はおそらく完全に理解している。だからこそ、彼らは「批評」という論争的なフォーマットを採用せず、あくまで「自分語り」的な文体にこだわることで*8、2000年代に比べてはるかに道徳化・倫理化した社会から身を守ろうとしているのではないか。つまり、宇野による「安全に痛い自己反省パフォーマンス」批判に反論するどころか、逆にそうした批判を「正論」として受容し内面化した結果として、「2020年代の批評ライン」が形成されているように思えるのだ。私のいう「ゼロ年代批評との断絶にして継承」とは、おおよそこのような意味である。

 もちろん、これは感傷マゾ・負けヒロイン両研究会で実際に『ゼロ年代の想像力』が読まれているということではない。彼らより一回り以上年長の中年男性で、いわゆる「ゼロ年代の亡霊」にすぎない私が、無理やり自分の問題意識と結びつけているにすぎない(その暴力性もいちおう認識してはいる)。けれども、東に対する宇野の批判をあらためて議論の出発点に置いてみると、「青春ヘラ」や「負けヒロイン」といった個別の概念のみならず、現在の(とりわけSNS上での)批評=批判をめぐる状況がいくぶんクリアに見えてくるような気がするのだ。

 私の印象では、いま最も強力な批評的=批判的言説はフェミニズムである。これはフェミニズム批評が他の方法論よりも優れているということではなく、個人と社会とをダイレクトに接続する回路としてきわめて効果的に機能しているということだ。「個人的なことは政治的なこと」という1960年代の有名なスローガンのとおり、フェミニズムは女性ひとりひとりが抱えている生きづらさを、そのまま社会全体の問題へと引き上げることができる。「あなたが苦しいのはあなたのせいじゃない、女性差別的な日本社会のせいだ。一緒に社会を変えていこう」というわけだ。こうした傾向は近年、SNSの活用によって劇的に加速し、ハラスメントなどの問題を起こした男性を集団で追い込んで「キャンセル」したり、女性に対する「性的消費」を促進すると判断した図像を撤去させたりする「ハッシュタグ・ポリティクス」として結実する。

 その一方で、私の見るかぎり、男性には女性にとってのフェミニズムのような、個人と社会とをつなぐ回路が「仕事」以外に存在しないか、存在したとしてもほとんど機能していない。そこからドロップアウトした一部の男性がどれほど自分の生きづらさに悩んでいても、それはいわば「自己責任」であって、社会的に解決されるべき問題とはみなされない。男性にとってはあくまで「個人的なことは個人的なこと」*9なのだ。たしかにフェミニストからすれば、依然として男性優位の日本社会で、男というだけで「下駄を履かされている」にもかかわらず、なお生きづらさを訴えるような男性にかまっている余裕も理由もないだろう。彼ら/彼女らに言わせれば、それは男性自身が生み出したマッチョな価値観、いわゆる「有害な男らしさ」にとらわれているせいであり、そこから「降りる」ことで自己解決を図るしかない、というわけだ。

 だが「男性性から降りる」ための具体的な手続きが明らかでない以上、少なくとも「価値観のアップデート」が完了する(?)までは、現実では受け入れられない願望をフィクションを通じて想像的に満たすことが必要になってくる。自己と社会とをつなぐ回路を見失った、あるいは見失いがちな男性にとって、いまも昔もフィクションが心身ともに大きな慰めになっていることは明らかだ。

 そもそも東の美少女ゲーム論自体が、すでに見たとおり、フェミニズム的な「家父長制」批判を強く意識しつつ、それでもある種の「文学」として一部の美少女ゲームを擁護してみせる、きわめてアクロバティックな試みだった。ゼロ年代批評の盛り上がりの背後に、東の議論を「免罪符」として受容した若いオタク男性のセクシュアリティの問題があったことは無視すべきではない。そして彼らに対する宇野の批判は、東の美少女ゲーム論を流用して築かれたささやかな自意識の拠点を断固粉砕しようとする、フェミニズム的な批判の徹底として現れた。つまり、ゼロ年代批評のひとつのハイライトは、ともにフェミニズムを内面化した2人の男性批評家によって演じられたのだ。

 このように考えると、宇野による「安全に痛い自己反省パフォーマンス」「レイプ・ファンタジー」といった痛烈な批判が、リベラルとフェミニストに席巻された現在の「政治的に正しい」言論市場を正確に予言したものであることがわかる。そこに「ダメな僕ら」の居場所はない。家父長制的な欲望を嫌悪しながらも手放せない、屈折したオタク男性の自意識を受け止める場所はない。それはもはや決して正当化されえず、フィクションを通じてこっそりと、想像的に満たされるべきものでしかない。

 かくしてオタク男性は批評=批判のアリーナで劣勢に立たされ、日本国憲法に記された「表現の自由」という最後の砦に立てこもる。SNS上で一部の男性アカウントが「表現の自由戦士」と揶揄されるほどフィクションへの表現規制に激しく抵抗するのは、言うまでもないことだが、彼らが憲法の理念をことさらに重んじているからではない。そうではなく、自らの欲望の受け皿がもはやフィクションのなかにしか存在しえないことを知っているからだ。それはある意味で「レイプ・ファンタジー」批判への居直りとも言える。フィクションの美少女を想像的にレイプする(?)権利は憲法で認められている、というわけだ。そう考えると、昨今の「表現の自由」論争は、敗走を重ねたゼロ年代批評の最後の戦場、つまりは本土決戦なのかもしれない。

 かつて東は『動物化するポストモダン』のなかで、当時のオタクたちが人間性と動物性を乖離的に共存させる特殊な主体を形成していると論じた。けれども、私の見るかぎり、2020年代表現規制反対派が抱える分裂はそれよりはるかに深刻化している。彼ら(というか私)は、自分がまさにそのフィクションに日々慰められているにもかかわらず、というよりだからこそ、それが現実とはまったくの無関係であることを強調しなければならない。生身の人間よりはるかに深い愛着を抱いているにもかかわらず、というよりだからこそ、彼女がたんなるフィクショナル・キャラクターでしかないことを強調しなければならない。そうしなければ、「戦士」たちの休息の場はたやすく失われてしまう(と信じられている)からだ。愛することが同時に愛の否認でもあるようなこの新たな分裂は、ポストモダンな社会構造というより、リベラル+フェミニスト連合軍に対する防衛戦というきわめて政治的な状況布置によって引き起こされている。党派的なアンチ・リベラルやアンチ・フェミニズム、あるいはミソジニーに陥ることなく、この分裂をひとつの倫理として保ち続けるのは難しい。

 すでに述べたとおり、感傷マゾ・負けヒロイン両研究会はいまのところ、こうした批評=批判のアリーナには上がろうとしていない。セカイ系的な「ダメな僕ら」を自己否定し、サバイブ系の主人公のように戦うそぶりを見せているわけではない。その代わりに、彼らは「表現の自由戦士」とは異なる仕方で、現代の男性性それ自体の困難、もっと言えば「敗北」と向き合っているように見える。もちろん、なかには女性会員や年長/年少の会員もいるのかもしれないし、そもそも公式には「青春ヘラ」も「負けヒロイン」も若年男性限定のトピックというわけではないのだが、それでも私の目には、彼らが同世代のオタク男性にうっすらと共有されている「敗北感」に訴えることで、ある種のホモソーシャルな「連帯」を呼びかけているように映るのだ。そこでは誰が、何に敗北したかさえもはや重要ではない。それは青春かもしれず、受験かもしれず、就職かもしれず、あるいは人生そのものかもしれない。負けたのはヒロインではなく、自分だったかもしれない。

 感傷マゾ・負けヒロイン両研究会が「批評」というフォーマットを採用しないのは、こうした「連帯」を呼びかけるうえで合理的な選択であるように思える。繰り返しになるが、彼らが目指しているのは価値観の異なる他者、たとえば急進的なリベラルやフェミニスト、あるいは頭の固い先行世代を「説得」することではない。そうではなく、おそらくは似たような敗北感を抱える男性の「共感」を呼び起こし、彼らを迎え入れることで、ある種の互助的なコミュニティを形成することにある。先に触れた「自分語り」的な文体に加え、たとえば複数人でのリレー形式による連載記事*10などには、そうした方向性が端的に表れている。「青春ヘラ」や「負けヒロイン」といったキャッチーな言葉を重視するのも、それらが一種のタグとして機能し、SNS上でのマッチング精度を高めてくれるからだろう。その意味で両研究会の戦略は、どちらかというとフェミニズムの文脈における「#MeToo」運動に近い。とはいえ、彼らは社会変革を志向していないという点で、ベクトルが大きく異なるのだが。

 仕事以外に社会とつながる回路を事実上持たなかった男性にとって、フィクションを含む「趣味」を媒介にしたゆるやかな相互扶助は、精神衛生上、きわめて重要な意味を持つ。それがいわゆる「メンズリブ」と異なるのは、両研究会が「有害な男らしさ」からの脱却を目指すどころか、むしろ自身の家父長制的な欲望をかなりの程度容認しつつ、半ば自虐的・自嘲的な振る舞いを通じて「安全に痛い自己反省パフォーマンス」を実践していることだろう。

 冒頭で紹介した動画のなかで、「感傷マゾ」の創始者であるかつて敗れていったツンデレ系サブヒロインは、宇野による美少女ゲーム批判に言及した私に対し「でも『安全に痛い自己反省パフォーマンス』だから気持ちいいんじゃないですか」と応答している。一見するとただの居直りにも思えるこの切り返しに、私はたいへん感銘を受けた。自身の趣味嗜好に対するフェミニズム的な批判に向き合ったうえで、いたずらに反論や自己正当化を試みるのではなく、あえて「それが気持ちいい」という美学的なカテゴリーへとずらしてみせること。家父長制的な欲望から自由になれない「ダメな僕ら」を引き受けつつ、「政治的正しさ」の要求をフィクションのただなかで美的に、あるいはマゾヒスティックに反芻し続けること。私の見るかぎり、ここには東の美少女ゲーム論の最も核心的な部分が、いわゆる「批評」とは異なる仕方で引き継がれている。そして、このぎりぎりの肯定/抵抗の身ぶりは、多かれ少なかれ、感傷マゾ・負けヒロイン両研究会にも共通して見られるような気がするのだ。

 もちろん、そこに何か新しさがあるかと言えば、必ずしもそうではないかもしれない。2000年代以前、それどころか先の戦争での敗北からずっと、男性の屈折した自意識の問題を引きずっているだけなのかもしれない(私には十分展開することができないが、「青春ヘラ」や「負けヒロイン」といった概念を、江藤淳加藤典洋の問題意識に接続することは決して不可能ではないように見える)。両研究会が志向するホモソーシャルな互助的コミュニティに関しても、すでに宇野の『ゼロ年代の想像力』のなかに、セカイ系・サバイブ系を乗り越える「空気系(日常系)」の可能性としてあらかじめ書き込まれている。「敗北感」を共有する若者たちが集い、まだ何者でもない自分自身への不安に駆られ、互いの傷を舐め合いながら最後のモラトリアムを謳歌する──思えばいつの時代の青年も、そうやって大人になっていったのだろう。

 「自分がいかに負けたか」を切々と語れるだけの教育環境で育った彼らの多くは、各研究会に冠された一流大学を卒業した後、名だたる企業に就職し、あるいは大学院に進み、やがて家庭を持ち、相対的に安定した生活を送れる可能性が高い。目の前の仕事に忙殺されるうちに、いつしか「ダメな僕ら」という自意識は薄れ、かつての「敗北」の記憶も遠ざかり、いやおうなく社会人としての自負と責任感が芽生えていくだろう。「青春ヘラ」も「負けヒロイン」も、いまとなっては大学時代の気恥ずかしい「黒歴史」のひとつにすぎなかったと、懐かしく思い出す日が来るのかもしれない。

 それでも彼らが、というより私たちが人生のどこかで運悪くつまずき、望まないn度目の「敗北」を喫したとき、せめてその「敗北感」を受け止めてくれるコミュニティが、あるいはフィクションが用意されていてほしい。公共空間でガソリンを撒き散らすことも、SNSでヘイトを書き散らすこともなく、ただ自虐的・自嘲的なネタでともに笑い合い、慰め合えるささやかなアジールが存在してほしい。いまだ制度的救済のおぼつかないこの社会にあって、感傷マゾ・負けヒロイン両研究会の扉に掲げられているのは、かつて敗れていった者たちへの、そしてこれから敗れていく者たちへの親愛と連帯の挨拶なのだ。

 

*1:

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*2:

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*3:たとえばノエル・キャロル『批評について──芸術批評の哲学』森功次訳、勁草書房、2017年などを参照

*4:宇野常寛ゼロ年代の想像力』、早川書房、2011年、237頁

*5:ゼロ年代の想像力』、241頁

*6:2021年12月5日追記:東による宇野への反論は、たとえば『PLANETS』vol.4(2008)に収録された両者の対談などに見てとることができる。この点については完全に私の不勉強で、同書を貸してくれた倉津拓也さん(@columbus20)に感謝したい

*7:東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生──動物化するポストモダン2』、講談社現代新書、2007年、320頁

*8:以下の2つの記事などを参照

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*9:かつて敗れていったツンデレ系サブヒロインが本稿のラフに寄せてくれたコメント

*10:

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