多層化するスーパーフラット(4.0):藍嘉比沙耶とレイヤーの理論

 2018年10月から放送されているアニメ『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』(以下『いもいも』)の「作画崩壊」がネットの話題をさらった。とくに注目を集めたのは、キャラクターがしゃべっている口元だけが顔から分離し、宙に浮かんでいるという前代未聞のカットだ。

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 この奇怪な現象は、アニメに描かれるキャラクターという存在の技術的なあり方と無関係ではない。そのあり方とは、これらのキャラクターの図像が一枚の平面からではなく、複数枚の「レイヤー」から構成されているということだ。

 アニメやゲームの背景やキャラクターの画像、または日々ネットにアップされるそれらのイラストの多くは、基本的にPhotoshopをはじめとするデジタル制作ソフトを用いてつくられている。一見したところそれは、水彩画や油絵、ドローイングといったアナログな制作手法を、そのままデジタル環境へと移し替えただけにすぎないようにも思える。実際、PhotoshopやCLIP STUDIO、SAIといったソフトでは、鉛筆や筆、ペンなどから選択できるのはもちろん、線の太さ、濃さ、筆圧、かすれ具合まで細かくカスタマイズすることができる。マウスに代えてペンタブレットを利用すれば、紙の上に描くのと実質的にほとんど変わらないとさえ言えるかもしれない。

 けれども、これらのソフトには、本物の紙やキャンバスなどの平面に描画・着色するのとは決定的に異なる、独自のメカニズムが存在する。それが「レイヤー」と呼ばれる層状構造だ。手近な解説書、たとえば『はじめてさんのPhotoshopおえかき入門』(ソシム、2016)では、レイヤーについて次のように解説している。

レイヤーは、いくつも積み重ねることができる透明なフィルムのようなものです。そのフィルムには画像をペイントして重ねたり、加工したりすることができます。レイヤー上の何も描かれていない部分は、通常、透明として扱われ、透明部分からは下のレイヤーが透けて見えます。*1

 デジタル環境で制作されるイラストの多くは、一枚の平面上にすべての要素が描かれているわけではない。たとえばこの『おえかき入門』では、Photoshopを用いた美少女キャラクターの基本的な描き方が紹介されているが、比較的シンプルなアニメ風のイラストでも「背景」「ラフ」「肌」「髪」「服」「目」「口」「顔」「影」「線画」といったように、10枚以上のレイヤーを積み重ねた多層的な構造をもっている。しかも、これらはたんに重ね合わされているだけではなく、個々のレイヤーの重なり具合を調整する「透明度」、さらにはレイヤーどうしの重ね方を決定する「描画モード」によって、微妙なニュアンスまでコントロールすることができる。

 レイヤーの枚数や分け方は作家によって異なるが、湾曲した緻密な背景と美少女キャラクターのイラストで知られるJohnHathwayは、じつに3000~4000枚ものレイヤーを駆使しているという。私たちがPixivやSNSなどで通常目にするイラストは、それらのレイヤーを圧縮し、一枚の平面へと「結合」することで初めて完成する。アニメーションのセル画、あるいはデジタル化されたカットもまた、レイヤーの枚数こそ少ないが、基本的な制作プロセスは変わらない。アニメやゲームなどの現代のキャラクター文化を根底から支えているのが、この多層的なレイヤー構造なのだ。

 「多層化するスーパーフラット(1.0)」で引用したように、村上隆スーパーフラットな感覚を説明するにあたって、「コンピュータのデスクトップ上でグラフィックを制作する際の、いくつにも分かれたレイヤーを一つの絵に統合する瞬間*2を挙げていた。これは言い換えると、デジタルイラストの潜在的な多層性を「抑圧」することで、スーパーフラットが成立することを意味する。とすれば、それを乗り越えるポスト・スーパーフラットの地平とは、冒頭の作画崩壊に見られるような結合の「失敗」、もしくは圧縮されたイラスト本来の層状構造が解凍・露出した「マルチレイヤード」な視覚的経験にほかならないだろう。

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 そのような試みを最もわかりやすい仕方で、また現在進行系で行っている作家として、藍嘉比沙耶を挙げることができる。藍嘉比の作品は、『新世紀エヴァンゲリオン』をはじめとする日本アニメの「セル画」を主要な着想源としている。それらのアニメに登場するような美少女キャラクターの輪郭線をキャンバス上で正確になぞりつつ、キャラクターの顔や手足をいくつも重ねたりつなぎ合わせたりすることで、レイヤーの正常な結合が崩れ、多層的な構造があらわになった諸平面をつくり出す。それはどこか、作画崩壊を起こしたキャラクターの図像に通じるものがないだろうか。

 「重なり」と題されたシリーズでは、運動の痕跡のようにずらされたレイヤー間の同色部分が塗りつぶされ、顔や瞳が細胞分裂的に増殖したキメラ的なキャラクターが現れている。そこでは、通常のレイヤーの階層秩序が逆転し、輪郭線のレイヤーよりも着色されたレイヤーが上位にくる。また「滲み」では、一部の輪郭線を除いてぼやけた色彩で表現することで、線画レイヤーが背景のレイヤーから切り出され、浮かび上がって見える。さらに「線」シリーズは、複数の線画を重ね合わせることにより、混沌とした輪郭線の渦を通じてレイヤーの多層性を可視化している。

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 これらの多様な試みは、表面的には従来のスーパーフラット絵画と近いようでいて、その内実は正反対である。スーパーフラットが、あるいは一般的なデジタルイラストが完成の段階で圧縮・消去してしまう、多層的なレイヤー構造に焦点を当てているからだ。もろもろのレイヤー間の隔たりが消し去られるというよりも、むしろ際立たせられる。そこから開けてくる視覚的経験は、村上のいう、画面を走査するようなジグザグの視線の動きではない。そうではなくて、折り重なった複数のレイヤーへと焦点が次々に切り替わるような、脱遠近法的で、しかしスーパーフラットとは異なる諸平面の現れである。

 目を閉じ、また開くたびに異なる階層のレイヤーに焦点が当たり、別の瞳と目が合う。あたかもそれは、複数回の「まばたき」を前提とする空間であるかのようだ。藍嘉比のマルチレイヤードな作品は、スーパーフラットを水平に割き、瞳の連続による時間的継起を積み重ねていく試みとも言えるだろう。

 作画崩壊によりときおり垣間見える、デジタルイラストの層状構造を意識的に描き出すこと。その営みの先にあるのは、ジャンルの境界を超えて、硬直した平面性を揺るがすポジティブな多元性の経験だ。『いもいも』の作画崩壊と藍嘉比の作品はともに、アートとアニメを分かち、接する敷居の上に立っている。

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藍嘉比沙耶

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*1:riresu『はじめてさんのPhotoshopおえかき入門』フロッグデザイン編、ソシム、2016年、28頁。

*2:村上隆『SUPERFLAT』、マドラ出版、1頁。