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秒速原理主義者による『すずめの戸締まり』感想ペーパー(冒頭)

11月20日(日)に開催される文学フリマ東京35で「秒速原理主義者による『すずめの戸締まり』感想ペーパー」を頒布します。ブースは「U11~12 低志会&週末批評」です。どこまで書けるかわかりませんが、以下、冒頭部分を公開します。

 

 

 新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』(2022)はまぎれもない大傑作である。けれども、わたしにとってこの作品が傑作である理由は、ほかの多くの観客とは微妙に異なっているかもしれない。というのもわたしはつねづね、新海監督の最高傑作として『君の名は。』(2016)でも『天気の子』(2019)でもなく、15年前の『秒速5センチメートル』(2007)を挙げてきたからだ。いわゆる「新海誠が好きだった元カレ」*1のなかでも、おそらくはいちばんやっかいなタイプである。

 来るべき震災を物語の中核にすえる『すずめの戸締まり』もまた、しみったれた男性の心情をモノローグでつづる旧作ではなく、彗星の衝突や気候変動といった大規模災害を取り上げる近年の大作の系譜に属しているように見える。『秒速5センチメートル』の熱烈な信奉者なら、本来は強く批判する──とまではいかないにせよ、難癖のひとつもつけてしかるべきなのかもしれない。にもかかわらず、わたしが今作をほとんど手放しで絶賛するのは、たんに映像や脚本が優れているとか、すずめちゃんがかわいいとかいった理由ではない。そうではなく、この作品が『秒速5センチメートル』とは決定的に異なっており、まさにそれゆえに旧作への病的な執着を昇華してくれる作品だったからだ。

 『すずめの戸締まり』は、新海監督が『秒速5センチメートル』を真の意味で乗り越えた記念碑的な作品として、彼のフィルモグラフィーに刻まれるだろう。その題材として震災に絡めて皇室の問題が取り上げられたのは、疎外された現代の若い男女を描き続けてきた監督がついに、大文字の歴史的時空へと突き抜けたことをはっきりと示している。『秒速5センチメートル』の4年後に公開された『星を追う子ども』(2011)では遠く及ばなかった場所にいま、およそ10年の歳月を経て彼は立っているのだ。

 この15年間、わたしはそんな日が訪れるとは夢にも思わずに生きてきた。本稿はひとりの秒速原理主義者が『すずめの戸締まり』を絶賛する、ただそれだけの文章である。

 

1.  秒速原理主義者の誕生

 実をいえば、わたしは新海監督の新作にほとんど期待していなかった。事前に公開されていた情報を見るかぎり、お世辞にも成功したとは言いがたい『星を追う子ども』の焼き直しという印象を受けたし、大ヒットを記録した『君の名は。』もそれに続く『天気の子』も、とうに中年にさしかかっていたわたしには「よくできたフィクション」以上の感想を抱けなかったからだ。いや、それどころか『君の名は。』のラストでめでたく再会する2人を見て愕然とし、これは絶対に受け入れられない、受け入れるべきではないと心を固く強く冷たくするありさまだった。わたしの魂に深い爪痕を残した『秒速5センチメートル』の美しくもトラウマティックな結末が、あたかも「バッド・エンド」扱いされているかのように思えたからである。

 そもそも新海監督は最初期の『ほしのこえ』(2002)からずっと、運命の相手とすれ違い続ける2人の生をそれでも肯定し、ささやかながら祝福してきたのではなかったのか。かつてはあれほど「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」を否定していたのに、これではただのよくできた若者向けラブストーリーではないか。なるほど、監督は『秒速5センチメートル』のヒロイン・明里がそうであったように、プロデューサーの川村元気をはじめとする新たなパートナーを得て「あの頃の皆さん」*2を思い出にし、幸福な新婚生活をスタートしたというわけだ。『君の名は。』という特急列車が通り過ぎた踏切の先に、もはやわたしの知る監督の姿はなかった。

 「貴樹くんはきっと、この先も大丈夫だと思う」──これがわたしへの、そして『秒速5センチメートル』に魂をとらわれた「元カレ」たちへの新海監督のメッセージであることは疑いえない。よかろう、ならば「ジェネリック貴樹」を自任するこのわたしが、『君の名は。』以前の監督の初期衝動を受け継いでみせる。『秒速5センチメートル』の結末がたんなるバッド・エンドなんかではなく、文字どおりの意味で「トゥルー・エンド」であったことを、わたしはわたしの生そのものによって証明してみせる。

 うなりを上げて空転する使命感はかくして、ひとりの修羅を生んだ。「秒速原理主義者〈ラディカル5センチメーター〉」という修羅である。

[つづく]

 

 

低志会&週末批評ブースでは「低志会Tシャツ(M・L・XL)」「週末批評トートバッグ」のほか、安原まひろ個人誌『なんかいのんでも…』を頒布予定です。さらに、多摩川の河川敷で拾った「いい感じの石」の展示もあります。ぜひ遊びに来てくださいね。

いい感じの石