平和の少女像はかわいいか?

著名なアニメーター・漫画家として知られる貞本義行氏が、展示中止となった「表現の不自由展・その後」に出展されていた『平和の少女像』について、「キッタネー少女像」などとツイッターで発信し、物議を醸している。

少女像が「キッタネー」かどうかはともかく、そこに貞本氏が現代アートに求めているという「面白さ!美しさ!驚き!心地よさ!知的刺激性」が見られないことはたしかだ。

というのも、それは旧日本軍による戦時性暴力を告発する作品であり、とくに日本人男性にとっては「心地よい」どころか、過去の戦争責任による「居心地の悪さ」を味わわされるからだ。

貞本氏のツイートは差別的であり、問題だが、展示の是非をめぐって議論が紛糾するなかで、像そのものの造形性に注目が集まるのは、悪いことではない。

じっさい、平和の少女像の表情や姿勢などには、制作者のキム・ウンソン氏とキム・ソギョン氏によるさまざまな工夫や意図が込められている。

少女像の展示が中止された8月4日、漫画家の篠房六郎氏が、「チマチョゴリを着た女の子って、可愛いですよね」というコメントとともに、『平和の少女像』を想起させるイラストをツイッターに投稿した。

さらにその後、貞本氏の「キッタネー」発言を受けて、氏の代表作である「新世紀エヴァンゲリオン」のキャラクター、綾波レイ惣流アスカラングレーチマチョゴリを着せた画像を投稿。

貞本氏に批判的なネット界隈では、おおむね称賛をもって受け止められているようだ。

しかし、私個人の意見をいえば、旧日本軍の性暴力を告発するモニュメントに、「かわいい」という形容詞をならべて鑑賞することは適切なのか、という疑問がある。

ここには二つの問題があるように思われる。

ひとつは、日本社会に対する異議申し立てとしての少女像を、当の日本社会の既存の価値観である「かわいい」に回収してしまっていいのか、という問題。

もうひとつは、『平和の少女像』そのものを「かわいい」ものに変えてしまうことで、再び女性を「モノ」化し、性的に搾取しているのではないか、という問題。

おそらく多くの韓国人は、『平和の少女像』を萌えキャラ化することには抵抗があるのではないか。

萌えキャラ化された瞬間、そこには男性の性的なまなざしが入り込む。それは当の少女像が訴えてきた、従軍慰安婦の苦難をもう一度、想像的に繰り返すことなのではないか。

もちろん、表現することは自由である。だが、「かわいい」萌えキャラにすることは、そう思われている以上に、あやうい試みでもある。